想元紳市ブログ

2017年10月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2017年12月
TOPスポンサー広告 ≫ 『或る終焉』TOP映画 ≫ 『或る終焉』

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments(-) | Trackbacks(-)

『或る終焉』

カンヌ映画祭脚本賞を受賞した『或る終焉』。

主人公は、終末患者の在宅ケアを専門とする看護師のデヴィッド。
淡々と手際よく患者の世話をし、ときに最期を看取り、死後処置をする。仕事以外は、ジムで汗を流すか住宅街をジョギング、ときにバーで一杯煽るだけの日常である。

素人目には文句のつけようがない献身ぶりとストイックな生活だが、それでも、何やら違和感が拭えない。少しずつわかってくるのは、デヴィッドの背負う過去と、それに関係する心の闇だ。

デヴィッドは幼い息子を亡くした喪失から離婚し、以来、元妻や娘とは疎遠、ひとり孤独に生きてきた。
どうやら未だ全く立ち直っておらず、現実を直視していない。そのことが、皮肉にも、看護の仕事を容易にしているようにも見える。あるいは、無力のまま、息子を死なせてしまったことに対する贖罪の行為なのかもしれない。

そんな現実感の希薄な献身は、それゆえ、ときにルールやきわどい一線を越えて、患者の家族から誤解されるはめになってしまうこともある。

患者の汚物を躊躇なく処理することができても、ジムで真新しいタオルにスタッフが軽く触れたことさえ許せない。
バーの隣に座った他人に、平気で患者にまつわる嘘をつく。
明らかに、精神的なバランスを失っているのである。

71_convert_20160616232602.jpg

本作において、もう一つの重要なテーマは、人間の死についてである。

まもなく訪れる死、自ら選ぶ死、唐突に奪われてしまう死、奪う死……。ここには、様々な形の死があり、それらは何らジャッジされることなく、同列で、物語の中に提示される。

我々観客はただ、その傍観者となるだけだ。いかに解釈するか、完全に委ねられたまま。

自分は、不条理や残酷さというより、どういうわけか、ある種の救いを見た。

主人公を演じたティム・ロスの抑えた演技が秀逸。
だが、あえて自分は、死を前にした患者に扮した3人の役者陣の圧巻の演技に心揺さぶられた。

93_convert_20160616232617.jpeg
スポンサーサイト

Comment


Comment Form













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。