想元紳市ブログ

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『プルートで朝食を』

近々『リリーのすべて』を観るつもりなのだが、性同一性障害の男性を描いた映画で自分が好きなのは、ニール・ジョーダン監督の『プルートで朝食を』。

不幸な生い立ちから、様々な困難に直面しながらも、コミカルに軽やかに生きる主人公は、性同一性障害という後ろ向きの言葉でなく、単にトランスジェンダーと呼んだ方がふさわしいかもしれない。

舞台は60年代から70年代にかけてのアイルランドとイギリス。
教会の玄関に捨てられ、養母に育てられたパトリックは幼少から女の子の格好をし、女の子のようにふるまうのが好きだった。

実は、父親は神父で、母親は彼の元で働いていた家政婦だったという事実は、映画が始まればすぐわかることである。
パトリックはそのことをすんなり受け入れる。
やがて成長したパトリックは、自らをキトゥンと名乗り、ミッツィー・ゲイナーに似ていたという美しい母を探すためロンドンに向かう。

物語は全部で36ものチャプターに分かれ、多くの人物が入れ替わり立ち代わり、キトゥンの前に現れては去っていく。
出会いと別れを繰り返しながら、キトゥンはそれぞれに難ありの彼ら全員をあるがまま受け入れる。誰一人として拒絶することはない。
それは、不器用で、口調はいつもささやくように弱々しく、なよなよしたキトゥンの、真の強さに他にならない。

キトゥンは母のことを「ファントム・レディ(幻の女)」と呼ぶ。
なぜそんなふうに呼ぶのかと聞かれて、こう答える。

「私の人生は物語だと思えるように。でないと、涙が止まらなくなるから」

キトゥンは、ただ心が広く、楽観的なわけではない。
母を探すという行為は、生きるため、自分自身を探す旅だ。
男に生まれながら女になりたいと欲する、己のアイデンティティーを確認する行為だとも言える。
その証拠に、終盤、ある少年に名前を聞かれて、キトゥンは自らを「ファントム・レディ」だと名乗るのである。

キトゥンの生き方が堂々と輝いて見えるのは、彼の四人の幼馴染が、あまり幸せとは言えない半生を送ることにもよる。
不慮の事故死をするダウン症のローレンス、過激派テロ組織IRAにのめり込むアーウィン、私生児をもうけたことで親から勘当されるチャーリー。

キトゥンの出会う人物の中では、場末のマジシャン、バーティが実にしみじみと味わい深い。
二人が、テムズ川河口にある美しい桟橋サウスエンド・ピアでデートするセンチメンタルな場面。
キトゥンが自分は男だと告白すると、バーティは前から知っていたことだ、と優しく受け流す。

バーティを演じたスティーブン・レイは、同じジョーダン監督の『クライング・ゲーム』でも好きになった女が男だったというテロリストを演じており、明らかにオマージュ的なシーンだ。

物語を饒舌に彩る70年代のラブソングを中心にした音楽の選曲が秀逸で、まさにニール・ジョーダンらしい独特の世界観を奏でている。

キトゥンは、物語が進むにつれてどんどん美しくなっていく。
それは、単に容姿だけの問題でなく、内面が鮮やかに変貌していくからだ。
愛らしく、ときに儚げに演じ切ったキリアン・マーフィーが、切ないほどに魅力的。

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