想元紳市ブログ

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『恋人たち』

橋口亮輔監督、七年ぶりの新作で、最高傑作との呼び声も高い『恋人たち』。

どこにでもいそうな、複数の男女が登場するが、中心になるのは三人である。

打診棒を使った橋の点検を請け負う技術者の篤。
妻を三年前に通り魔殺人で失って以来、喪失と怒りからまだ全く立ち直ってはいない。
裁判費用を捻出するために、健康保険料すら滞納する有様である。

弁当屋のパートで働く瞳子は、偏屈な姑と無関心な夫との荒んだ生活に心底疲れている。
かといって、何ら反抗するわけでもなく、皇室の追っかけだけが唯一のストレス発散だ。

ゲイの四ノ宮は、鼻持ちならない若きエリート弁護士。
学生時代からの友人に、秘めた恋愛感情を抱いているが、彼には妻子もおり、告白できない鬱屈を抱えている。
満たされない想いを今の恋人やクライアントにぶつけている。

篤の抱えている悲劇に比べれば、瞳子は単なる日常に対する欲求不満の裏返しだし、四ノ宮に至っては、自分を受け入れてもらえないという幼稚な我儘だともとれる。

そんな程度の差こそあれ、みなそれぞれなりに、生きづらい毎日の中で、必死にもがいている。
そして、それは三人だけではなく、彼らと多かれ少なかれ関わる周囲の人間たちも同様だ。

映画は、彼らの乾いた、寂れた、荒み切った日常を、淡々と追っていくが、カメラの後ろにあるのは、橋口監督の優しく真摯な眼差しである。

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暗く、重苦しいまでの物語でありながら、観客が決して目をそむけられないのは、彼らの苦悩や生きづらさは、今の閉塞した時代、決して他人事ではないからだと思う。

終盤を迎えても、具体的な解決の糸口が彼らに示されるわけではない。
それでも、時に、周囲の人とのふれあいの中にほんのささやかな喜びや安らぎを見い出しながら、なんとか一日一日を生きていくことの意味。

おそらくこの三人、とりわけ篤には、監督自身の経験や思いが投影されている。
そもそも七年ものブランクは、監督が被った金銭的災難が一つの理由であることはよく知られたこと。篤が区役所の保険課でやり合うくだりは、そのまま監督の実体験らしい。

あらためて、橋口亮輔というのは、決して職業監督にはなりえず、不器用なまでに作家的な資質を背負った映画監督だと思う。
初期のゲイ三部作はもとより、前作の『ぐるりのこと』も、自身が長く患った鬱病を題材にしていることは周知の事実だ。

ラスト、篤が微かな希望をもって見上げる空は、それでも高速道路や橋で遮られ、切り取られた狭い空間でしかない。
それが象徴するのは、まだまだ篤の苦悩は続くということであり、そこにある種のやるせなさを、自分は見てしまう。

反して、続くエンドクレジットの背景にあるのは、東京湾から眺める広大な空であり、そこには橋口監督の祈りにも似た願いが込められているように思えてならない。

 


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