想元紳市ブログ

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『セッション』

舞台はニューヨークの有名音楽学校。
プロのジャズドラマーを目指す青年ニーマンと、常軌を逸した鬼教師のフレッチャー。
フレッチャーの指導は過激を極め、ほとんど狂気すら帯びている。
人格を徹底的に否定する激しい罵倒は日常茶飯事。体罰すら厭わない。圧倒的な力で君臨する暴君ぶりに、生徒たちはみな縮み上がっている。
そんなフレッチャーに、ニーマンは必死に食い下がる。
否応なく、精神的に破綻するところまで追い詰められていく。

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手に汗握る展開で、緊迫感溢れる、二人の闘いのドラマである。
それは、教師と生徒の葛藤などという生半可なものではない。
エゴとエゴの衝突であり、綺麗事ではすまされない人間の汚さ、醜悪さすら激しく露呈して、血を流す。

日本の生温い人間関係にどっぷりと浸かっていると、この厳しさは目をそむけたくなるにちがいない。
アメリカの音楽業界、ひいては個人主義の本質というものが、いかに厳しい競争と弱肉強食の土壌に根付いているかということをまざまざと見せつけられるのだ。

物語は次第に波乱の様相を見せる。
ある事件がきっかけで、一つの結末に至るのだが、二人の本当の闘いはそこから始まる。
そして、どんでん返しとも言える、戦慄のクライマックス。

本作の素晴らしさは、このクライマックスに、壮絶なまでに、音楽的な至福を重ねたことだ。
映画が終わるギリギリのラスト一分でとうとう二人が辿り着く境地。
それを説明的な台詞や叙情的展開を一切無くし、ひたすら音楽そのもので見せた監督の演出は見事という他ない。
二人の目のアップは、深く心に突き刺さった。

フレッチャーを演じ、賞を総なめしたJ・K・シモンズ。
過去も家族も一切描かれない、冷酷な人格の裏側に、ほのかに隠し持つ弱さを匂わせ、フレッチャーを生身の人間に仕たて上げた。

 

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