想元紳市ブログ

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伊藤文學『『薔薇族』の人々 その素顔と舞台裏』

言わずとしれたゲイ雑誌のパイオニアで日本初の商業誌『薔薇族』。

1971年創刊、2004年に休刊。
その後複数回短い復刊を繰り返しているようだが、これは2006年に、編集長だった伊藤文學が当時を振り返り、特に関わった人々に焦点を当てたもの。

創刊当初から実質的中心人物であった藤田竜、そのパートナーでもあった内藤ルネ、間宮浩。
その他、多くの作家陣についても、人物像や裏話が明かされており、ある種、暴露的な面白さがある。

一つ言えることは、現在のゲイ雑誌とは明らかに別物だったということだ。

ゲイというものの立場がまだ日陰の身で、情報交換や交流の場も、大都市の一部のゲイバーに限られていた時代。
抑圧された欲望を吐き出すかのように、編集部には全国からたくさんの投稿や手紙、悩み相談が集まったという。
そして編集長ですら、作家の多くの、本名も、どこに住んでいるのかも知らなかった、という時代だ。

作り手たちの熱い想いと、それに共感して集まった人々。
そこには、明らかに一つの文化があった。
自分が、昭和のゲイシーンに限りない憧憬を覚えるのはまさにそんな点である。

当時の代表的な小説も幾つか再掲されている。
告白的な体験談風が多いものの、文学的なレベルは高い。
そこには確かな魂のようなものがあり、それは切実さから生まれているからだろう。

今も画家として活躍する稲垣征次の『少年愛花物語 四月・櫻』は珠玉の短編。
自称高校生、谷口和己の『豊が死んだ』のみずみずしさ。
笹岡作治の『ああ、M検物語』は、少々歌謡的なタイトルとは裏腹に、文章のなんと格調高いことか。例えば、冒頭はこう始まる。

「戦中派といわれる年代にとって、ひそかな含羞を誘う思い出といえば、いわゆるM検にまつわる体験である。それは遠い屈辱の軌跡を滑稽な笑いのなかに埋葬するにふさわしい、ささやかな追憶でもある」

笹岡の正体に関するミステリアスな謎解きなどワクワクする面白さがあった。
またゲイ小説屈指の名作との誉れ高く、英訳本すらあるらしい『浅草怨念歌』の作者、楯四郎の正体は、実は公共放送のアナウンサーだったらしい。

さらに薔薇族と言えば、山川純一の漫画。
最近、若者の間で「ヤマジュン」と呼ばれ、ちょっとしたブームだそうだが、当時はその画風に反発も強かったという。
貧乏な山川に初めて会った時の印象、突然姿を消して以来消息不明であることなど、いかにも昭和っぽい舞台裏が興味深い。

登場する多くは、既に故人であり、本書発行の一年後には内藤ルネが、さらに2011年には藤田竜も鬼籍に入っている。

ちなみに、三島由紀夫も、幾つかのエピソードに登場し、以前このブログでも書いた『愛の処刑』が再掲されている。


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