知人に薦められて読んだ小手鞠るい著『美しい心臓』。
一つの恋愛が生まれてから終わるまでの心の揺れを、「わたし」の視点で苦しいまでに描ききった恋愛小説である。
ストーリー自体は単純明快、W不倫の話だ。
DV癖のある夫から逃れ、一人借りたアパートで、定期的に通ってくる妻子ある男と過ごす官能的な日々。
「死んでしまえばいい。あの人が死ねば。そう願ってしまうほど、好きだった」という言葉が、本の帯に引用されて宣伝文句となっているが、そんな感情など、たいして特別でも衝撃的でもなんでもない。
がぜん面白くなるのが、終盤、夫との離婚が成立し、自分を縛っていた鎖から解かれてからだ。
相手の男に関するある事実が判明したことを契機に、「わたし」は一線を越えることになる。
執着、妄想、邪推に囚われながらも、無意識に自ら出口を見つけ、そこに向かって進んでいく。
「耐えがたい苦悩があって、顔の歪むような苦痛があって、それらから解放されるときの無上の喜びがある。その喜びを『幸福』と名づけるとするなら、人はつねに、生涯を通して、なんらかの苦しみを必要としている、とは言えないだろうか」
そう気づいたとき、「わたし」は既に一歩を踏み出している。
閉ざされた世界を描き、それでいて生きることの、根源的な強さを感じさせる。
「不倫」という言葉が出てくるのは、小説の最後だ。
「そうか、わたしたちの関係は、あの日々は『不倫』と呼ばれるものだったのかと、わたしはまるで国語の授業を受けている学生のように理解した。同時にこうも思った。(中略)わたしが汚れているのではない。世間がわたしを汚すのだ」
著者の作品を読むのは初めてだが、数ある恋愛小説は多くの女性たちから熱く支持されているらしい。
リズムのある短い文章も、著者が元は詩人であったことを思うと納得がいく。
孤独な暗い私生活を持つ30代の女性作家を思い描いていたが、どうやら、既に50代後半、アメリカ人の夫とNY州に在住し、趣味は登山などのアウトドア系らしい。
少々意外な気もしたが、だからこそ書けるどこか乾いた冷めた視点が、若い女性作家の書くありがちな自己愛恋愛小説とは、一味違う読後感を与えてくれるのかもしれない。
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