想元紳市ブログ

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『秋津温泉』

岡田茉利子と言えば『秋津温泉』。

映画出演100本記念として自身が企画し、監督・脚本が後の夫、吉田喜重とくれば、岡田をひたすら美しく見せるだけのメロドラマかと思いきや、なかなか前衛的な、芸術の香り漂う秀作である。

岡山の山間にある鄙びた温泉宿の一人娘・新子と、東京から親族を頼って疎開してきた学生・河本。
二人の出会いから終戦を挟んだ17年の物語だ。

新子は、当時としてはかなり自由な考えを持ち、明るく行動的。
一方の河本は、戦争と病から自暴自棄になっており、辿り着いた宿で自殺を図ったところを新子に助けられる。
二人は魅かれ合い、新子も乞われて一度は心中に同意するが、本当はそんな気はさらさらなく、大笑いで未遂に終わらせてしまう。

明と暗、まるで正反対の二人だが、17年の歳月が、内面を逆転させていく。

井伏鱒二の「さよならだけが人生さ」という言葉が劇中何度も使われる。

その通り、二人は、何度も引っ付いたり別れたりを繰り返す。
実際、正式な恋人関係になることは一度もなく、数年おきに再会してはひとときの愛憎に溺れ、また河本が去っていくという、腐れ縁のような関係だ。

とりわけ印象的なシーンが、東京へ行くという河本を、駅のホームで新子が見送るところ。
河本は、今日は僕が見送る番だと言って、ホームの新子を先に帰らせる。
誰もいないホームを無言で去っていく新子の後ろ姿。
やがて汽車が動きだし、その横を追い越されて初めて新子は感情露わに汽車を追いかけるのである。

一風変わった別れの場面が、二人の関係そのものを象徴している。

17年の間、河本は、他の女と所帯を持ちつつ、厭世的でだらしない生き方を変えることはない。その自己中心ぶりは、したたかですらある。
激しく変貌していくのは、河本をひたすら待ち続けた新子である。

最後に河本が秋津を訪ねたとき、新子は別人のように変わり果てていた。
まるで魂が抜けたように、河本を見ても無表情。ついには、自分から河本に懇願する。
「一緒に死んで欲しい」と……。

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素晴らしいカメラワークで切り取られた画面は現代絵画の趣。
四季の移ろう美しい自然と、滑稽な人間の営みを、ときにワクワクするような斬新な構図の中に見事に対比させてみせる。

男と女の腐れ縁を描いた日本映画の名作というとすぐに『浮雲』を思い出すが、『秋津温泉』の印象はいささか違う。

そこには、大胆に省略された、一編の詩のような雰囲気がある。
何やらヨーロッパ映画の香りが漂っているように思うのは、終始二人を包む、抒情的な弦楽器の音楽によるところが大きいかもしれない。

岡田茉利子が最も美しい盛りの記念すべき作品であり、長門裕之は巧いがどちらかという凡庸な二枚目という点で、その相手役に相応しい。



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