想元紳市ブログ

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『マツコ・デラックス“生きる”を語る』

今月、NHKで複数回に渡って特集しているセクシャル・マイノリティーについての番組。
その目玉とも言うべきハートネットTV『マツコ・デラックス“生きる”を語る』を観た。

マツコが憧れの女性の一人だと公言する、元NHKアナウンサー加賀美幸子をインタビュアーに迎えての対談30分。
自身のセクシュアリティーについて、生き方について、難しいと言いつつも真摯に何とか言葉で説明しようと試みるマツコは、他の番組で見る毒舌と本音と皮肉に満ちた姿とは一味違う。

前半は子供時代と家族について。
後半はマイノリティーとして生きることについて。

人は他人を真には理解しえない、人間は「男」「女」というだけの単純なものではないということを理解してくれさえすればいいというスタンスは、いわゆるゲイリブ的な立場とは一線を画す大人の良識を感じさせる。

特に、孤独と死について語ったくだりは、100%共感する。

「誰かのために生きたという気持ちを持って死ぬのと、自分のためだけに生きたと思って死ぬのでは、全然ちがうのではないかと思う。結婚とは、お互いに支え合って生きていくということの血判状のようなもの。それが自分にはない。子育てをしたというだけで、その人は世の中に貢献したと堂々と言っていいと思う。しかし、それも自分にはない。だとしたら、パートナーも子供も持たない自分にとって、それらに代わるものはなんだろうと考えてしまう」

今や、日本のテレビ業界で、頂点を極めたとも言ってもいい活躍ぶり。
マツコはしばしば「テレビに魂を売った」と自虐するが、その意味するところは実はとても誠実なものである。

民放ゴールデンタイムで看板を張るということは、言いたいことも言えず、逆に、主義に反しようと言いたくもないことを言って、様々な妥協と迎合をしなければならないということは言うまでもなく当然。
そのことのストレスと呵責を人一倍感じているのはマツコ自身だと思う。

おそらく、マツコが最も素に近い顔を晒しているのは、世に出る契機にもなった『5時に夢中!』である。
この番組のマツコは、毒舌を通り越して、ときにあからさまに不機嫌。
それは例えば、実家に帰ったとき、やたらと身内に不機嫌に接してしまう感じに似ている気がする。

全国ネットの人気番組における、愛想笑いや迎合、媚びを、誰も責めることはできない。

本人の打算とはかけ離れたところで、周囲によって知らず知らずのうちに前面に押し出されてしまっていることに気づいた時、マツコは、もちろん食っていくための仕事として、サービス業に徹することで自分に折り合いをつけたのだと思う。

とはいえ、ゲイとして、幸か不幸か、社会に対しこれだけの発信力を手にしてしまった今。
これからはタブーと言われていることにも切り込んでいってもらいたいと思うが、それは一視聴者にすぎない傍観者の身勝手な願望だろう。
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