想元紳市ブログ

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アニー・プルー『ブロークバック・マウンテン』

アニー・プルーの原作小説を初めて読んだ。

アメリカ北西部の山岳地帯を舞台に、年に1度か2度の逢瀬を続けたイニスとジャック、16年の物語だ。
二人だけで過ごす山以外では決して公言できない愛と、二人を待ち受ける残酷な結末。

短編にも関わらず、クライマックスでは映画を観たときと同じように涙がこぼれた。

Brokeback-Mountain_convert_20160125140649.jpg

映画は原作をほぼ忠実に映像化していることがわかった。
小説においては、ジャックの性的指向を決定づけた、父親との関係がさりげなく描写される程度の違いだ。

そして、映画以上により強く感じられるのが、無力感というものである。

「『俺はどっちも欲しくなかった』とジャックは言った。『だが、思い通りには全然運ばなかった。ちきしょう、俺が望むものは一つとして、まともに手に入りやしないんだ』そう言って、寝そべったまま枯れ木を火に投げ入れた。火花とともに、二人の真実と嘘とが舞い上がった。(中略)一つだけ、時を経てもずっと変わらないことがあった。たまの逢瀬のめくるめく興奮に、時間の意識が影を落としていること。飛び去っていく時間。足りない、いつだって足りない時間」

「自分が知ったことと、信じようとしたこととのあいだには、いささか隙間が空いていた。だが、それはどうすることもできない。そして、自分で解決できないなら、それは我慢するしかないのだ」

しかし、どうしようもない無力感の中にも、弱さはない。
激しい内面の葛藤から滲み出る赤い血は、人間本来の温かさを持っている。

今や同性婚がメジャーなものになり、テレビにはゲイが溢れる世の中だが、少なくとも今の日本では、まだごく限られた一部の状況にすぎない。多くのゲイにとって二人の背負った重荷はなんら変わっていないのだ。

「結局のところ、今自分たちが話したことに目新しいことは何一つなかったからだ。何も終わっていないし、何も始まっていないし、何も解決していない」

さらに言うならば、ゲイに限った物語ではないのだと思う。

本書を手にした、そもそものきっかけは、三浦しをんとよしながふみが対談で映画を酷評していたこと。
BL好き女子、いわゆる腐女子で有名な二人が、この展開はあり得ないとし、「もう少し日本の少女マンガやBLの名作を読めと言いたくなりました」とまで貶しているのを読み、呆れた果てたのだ。

映画は当事者のゲイの間では、ほぼ肯定的に、一部熱狂的に受け入れられている。
ここには、BLが好き勝手に描く妄想ファンタジーとは、全く異次元の現実がある。

 
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