想元紳市ブログ

2017年07月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2017年09月
TOP ≫ 川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』

川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』

川上未映子著『すべて真夜中の恋人たち』は、一人の女性の孤独を描きながら、不思議と爽やかな読後感を与える長編である。

テーマは「ひとり」ということ。

「もうずいぶん長いあいだ、わたしはいつもひとりきりだったのだから、これ以上はひとりきりになんてなれないことを知っているつもりでいたのに、わたしはそこで、ほんとうにひとりきりだった。こんなにもたくさんの人がいて、こんなにもたくさんの場所があって、こんなにも無数の音や色がひしめきあっているのに、わたしが手を伸ばせるものはここにはただのひとつもなかった。わたしを呼び止めるものがただのひとつもなかった。過去にも未来にも、それはどこにも存在しないのだった」

主人公の入江冬子は30代半ばのフリーランスの校閲者。
人間関係にも、恋愛にも極めて奥手で、男性経験は高校三年のとき同級生から強要されたのが最初で最後だ。
精神的にはひきこもりの状態に近く、楽しみは誕生日の夜に散歩すること。
流されるままに生きてきた人生だと思っている。

「わたしは自分の意思で何かを選んで、それを実現させたことがあっただろうか。何もなかった。だからわたしはいまこうして、ひとりで、ここにいるのだ」

編集者や昔の同級生など、自我の強い女たちが入れ替わり現れては、これこそが正論とでも言うように持論を饒舌に語るのだが、結局、冬子の人生にささやかな光を灯すのは、カルチャーセンターで出会った三束さんという冴えない58歳の男性。
物理の教師で、たまに喫茶店で光や音楽の話をする程度の関係だ。

それでも、冬子は、次第に三束さんのことが、頭から離れなくなる。
プラトニックな恋愛とも呼べない代物で、二人の間の距離は、遠く離れたままであったとしても。

そんな冬子に、ある日、ある言葉が唐突に思い浮かび、思わず書き留める。

「すべて真夜中の恋人たち」。

間違いを探すためには物語を決して読み込んではならない、とする校閲の仕事。
他人の言葉や文章の間違いを探すだけだった生活に、ふいに赤ん坊のように、自分の言葉が生まれ出た瞬間……。

「わたしは光に照らされた自分の文字をみて、こんなふうに誰かの原稿でもゲラでも何でもない場所に、目的のない、何のためでもない言葉を書くのは、はじめてだと思った」

なんと、澄みきった、鮮やかな冬子の目覚めであろうか。


スポンサーサイト

Comment


Comment Form













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL