想元紳市ブログ

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『悲しみよこんにちは』

フランソワーズ・サガンの原作は何度か読んでいるが、1957年の映画は観たことがなかった。

南仏の別荘でひと夏を過ごす、男ヤモメの父レイモンと18歳の娘セシル。
二人にはそれぞれアバンチュールを楽しむ恋人がおり、怠惰で気楽な生活を満喫しているところに、父の友人で聡明な大人の女アンヌがやってくる。
やがてアンヌと父が婚約することから、今の楽しい自堕落な生活が終わるのを恐れたセシルは、ある残酷な計画を実行に移す。

映画自体は、正直、50年代の安いメロドラマの匂いが漂い、決して成功しているとは言い難い。
そもそも、アメリカ映画で、みな英語を話すという時点で興覚め。

フランス本国がリメイクすればいいのに、と思ったりもするが、一度も実現しないのは、相応の理由があるからに思えてきた。

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なんといっても、セシルを演じたジーン・セバーグの輝くばかりのカリスマ的魅力。

本作でデビューし、翌年には『勝手にしやがれ』で世界的スターに。
ところが、その後は作品に恵まれず、スキャンダルにまみれる中、40歳で自殺する。
まるでセシルのその後の人生を推測したくなるような不幸な半生を送ったセバーグ。

さらに、セシルと同じ18歳で本処女作を発表したサガンの、波乱に富んだ人生も、何やら切り離して考えることができない。

セシル、サガン、セバーグが、まるで一人の女性のような錯覚に陥ってしまいそうになり、そのことが、この映画に犯さざるべき数奇な聖域のようなものを作りだしてしまったように思うのだ。

原作はこう始まる。

「ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しい、りっぱな名をつけようか、私は迷う」

名付けられた悲しみとは、物語の中でセシルが否応なく向き合わねばならない感情である。
と同時に、本作によって一躍名声を得たサガンとセバーグが、実生活でその後に背負うことになる悲しみと、見事に重なって見えてくるのである。

 
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