想元紳市ブログ

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佐藤泰志『海炭市叙景』

1月に観た映画『海炭市叙景』の原作を読んだ。
作家、佐藤泰志の遺稿短編集である。

架空の街、海炭市に生きる市井の人々。
収めれているのは、2章各9編、合計18編である。
これが冬春編にあたり、あと夏秋編の2章合計36編で完成する予定だったという。
しかし、未完に終わった。
冬春編上梓の数ヶ月後、作家が41歳で自死したからである。

知人であった詩人の福間健二があとがきで次のように書いている。

「ただ進行を中断させたという『未完』とはちがっている。無意識のうちに作者は持続への不安を抱いていてそれぞれ一息で終わりまでもっていける物語を書きつらね、いつでも終われるような態勢でいたとも考えられる」

そう思うと、ひとつひとつの短編がずしりと堪える。

どの物語にも共通して流れているのが、「郷愁」である。
単純に場所ではなく、過去の自分、過去のある時間、失われてしまったものに対する思いだ。

合わせて、彼らはみな、生の意識が希薄に思える。
未来に対する希望や、今を生きる力を感じとることができない。

例えば、上京を夢見て、空港のレストランでバイトする18歳の少女。
しかし、この短編『昴った夜』はこう結ばれる。

「首都へ行く、ともう一度、思ってみる。でも、たったこの今、それは何年も、何十年も先のことのような気がしてならない」

印象的な冒頭の短編『まだ若い廃墟』。

貧困の中で寄り添って暮らしている兄妹。
二人とも炭鉱閉山で失業中である。
大みそかの夜、初日の出を見ようと、なけなしのお金を持って、二人は山の展望台に登る。
行きはロープウェイで、帰りは、妹だけに切符を渡し、自分は歩いて下山するという兄。
麓の売店前のベンチで、下りてこない兄を、妹は6時間待ち続ける。

「深い雪の中で力つきる兄の姿がはっきりと眼に浮かぶ。わたしは売店のウィンドゥの隣りにある電話に近づいた。大勢の捜索隊。警察の様々な質問。なぜ、山へ登ったのか。なぜふたりとも失業をしていたのか。なぜ、こんなにも長い間待ったのか。もっと多くの質問。わたしは答える。わかりません。受話器を取る。わからないのです、とわたしは答える」

それは、佐藤自身がなぜ妻子を残して死を選んだのか、誰にも「わからない」のと同じである。


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