想元紳市ブログ

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『麦秋』

『麦秋』は、たまに観たくなる小津映画の中でも大好きな作品のひとつ。

原節子が紀子を演じる「紀子三部作」の2本目で、『晩春』『東京物語』よりもさらりとした味わいが特徴だ。

舞台は北鎌倉に居を構える間宮家。そろそろ田舎に隠居しようかと考えている老夫婦、東京の病院で医師をしている長男夫婦と二人の子供たち、同じく東京の会社勤めでまだ独身の長女という、三世代7人の大家族である。

原節子のほか、老夫婦に菅井一郎と東山千栄子、長男夫婦には笠智衆と三宅邦子と、いつもながらの常連俳優が揃う。

物語は、上司から世話された紀子の縁談を軸を展開する。嫁き遅れを心配し早く嫁がせたい兄の康一、いつにもまして言葉少ない父の周吉、相手の年齢を気にする母の志げや義姉の史子ら、それぞれの立場で紀子を思い、余計な気を回す中、当の本人はあっけらかんとしていて、嫁ぐ気があるのかすらはっきりしない。

そんな中、ある日突然、紀子は、近所に住む子持ちの男やもめ、矢部との結婚をあっさり承諾してしまう。

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間宮家は、言ってみれば、古き良き家族の理想的な姿だ。
周吉は事あるごとに、「今が一番幸せなときだ」と呟く。

しかし、誰も声高に語らぬものの、実は次男・省二の戦死が、間宮家に静かな暗い影を落としているのである。そして、紀子はおそらく無意識に、その欠落を埋めようと矢部選ぶ。

矢部は、省二を誰よりもよく知る、高校時代からの親友なのだ。

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淡島千景演じる女友達アヤから、矢部のことが好きなのかと問われて、頑なにそうじゃなく、安心できると思ったからだと答える紀子。

紀子が安心を求めるのは一概に自分のためでなく、むしろ家族のためである。それゆえ、自身の結婚と親の隠居で図らずも家族がバラバラになってしまうことに気づいた紀子は、さめざめと泣くのである。

本作の際立った特徴は、影の薄い男たちに対し、女たちが生き生きと行動的なことである。

また、作品全体をとりわけ軽やかな雰囲気にしているのは、紀子と女友達4人組のコミカルなやりとりに負うところが大きいかもしれない。

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そして、自分が何より好きなのは、紀子と義姉の関係である。

家族で唯一血のつながらない存在ながら、史子は心から紀子のことを心配し、ときに素の女同士になって語り合う。

終盤、二人がなぜかほとんど同じような服を着て、砂浜にたたずみ、並んで歩くシーンのしみじみとした美しさはため息ものだ。

どこか謎めいた二人の親密さは、家族というものに一つの問いを投げかけ、また本作が女の物語であることを象徴しているかのようである。



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ミレーナ・ブスケツ『これもまた、過ぎゆく』

書評欄で見つけ、特にタイトルが気に入ってメモしてあったのが本書、『これもまた、過ぎゆく』。

スペイン在住の編集者・ジャーナリストであるミレーナ・ブスケツが小説家として発表した長編二作目だという。

ブスケツの母も、フランコ政権時代に自身の出版社を率いてリベラルな言論活動を行っていた有名な編集者。本作はその母の死に伴う喪失感、愛憎入り混じる複雑な感情を記した自伝的要素の強い小説である。

主人公は、母の葬儀を終えたばかりのバツ2のシングルマザー、ブランカ。
元夫二人、それぞれとの間にもうけた子供たち、女友達、現在の不倫相手など様々な人間関係が入り混じる日常が綴られる中で、主人公がたびたび「あなた」と二人称で呼びかける相手が、亡き母親だ。

「わたしの友だちや子どもたちの愛を全部合わせても、あなたの不在という衝撃には充分といえない。(中略)女性のほとんどは男性に父親像を探しもとめるものだというけれど、わたしはあなたを探している。あなたの生前でさえそうだった」

主人公の性的奔放さに眉をひそめる読者も少なからずいるという。

「死の反対は生ではない、性だ。そして病魔がより激しく容赦なくあなたを侵していくにつれて、わたしの性的関係も激しく容赦なくなっていった。まるで世界中のあらゆるベッドで、ただひとつ、あなたの戦いだけが展開されていたのだとでもいうように。わたしたち絶望した者は絶望的になってセックスするんだとわかりきっている」

そうして語られる主人公の恋愛観には、それなのに、なぜか共感してしまう普遍性がある。

「ラブストーリーに後退はない、恋愛関係はいつでも一方通行で後戻りできない道路だ」

「わたしたちの見るものは自分がどんな存在かを完全に表わしている。そして本能的に自分と同じものが見える人を愛する。そういう相手は即座に識別できる。(中略)わたしたちが考えることはそれほど重要ではなく、肝心なのは見えるものだ」

タイトルは中国の昔話に由来する、母の教えである。
一人の皇帝が国中の識者を集めて、”どんな状況でも必ず使える短い文を考えよ”との命令を下す。
そしてある賢者の答えが「これもまた、過ぎゆく」だったのだという。

”苦しみや悲しみは過ぎていくものよ、幸福感や満足が過ぎていくように”という母の教えを、しかし、主人公はあえて否定する。

「今、わたしはそれが真実ではないのを知っている。わたしは死ぬまであなたを失ったまま生きていく。愛着を抱くことの唯一のかたちとして、あなたはわたしの心を矢で貫いた」

終盤のこの言葉に、主人公の再生の光を自分は見た気がした。


『黒潮―カツオ漁師の熱い夜』

自著の電子書籍化第5弾、『黒潮―カツオ漁師の熱い夜』配信しました。

太平洋上で10か月を過ごすカツオ一本釣り漁船。荒れくれた男たちだけの船内で繰り広げられる淫らで熱い交わり……。そして一人の孤独な男が背負う過去とは。

G-men 240号(2016年3月号)掲載作を加筆修正。「海の男」シリーズ三部作の第3弾です。

黒潮2

【あらすじ】
友人の紹介で、調理長としてカツオ漁船に乗り込むことになった達也。前任者の病気による代理で3ヶ月限定という約束だった。
黒潮に乗って移動するカツオの群れを追いかけ、広大な太平洋上で過ごす過酷な日々。達也を待っていたのは、性欲を持て余した屈強な男たちだった。
そんな中、顔に深い傷跡がある、精悍な一人の男・健介。やがて達也は、健介が背負っている壮絶な過去に向き合うことになる。



以前、まさにカツオ釣り漁船とその漁師たちの日々を追いかけた番組が、シリーズで放送されていたことがありました。

高知のある一隻の船を中心に、10か月に渡る過酷な漁の様子、オフを自由に過ごす日常に密着。

船内でシャワーを浴びる親父、カプセルホテルより小さい個室に横たわりDVDを見ている男、自宅に戻り幼い我が子を風呂に入れてやる若パパの姿など、ゲイ的には垂涎もののお宝シーンも。狭苦しい船内からは、働く男たちの匂いがこちらまで漂ってくるようでした。

実際、男らはみな精悍で雄々しく、中にはかなり端整な男前もちらほら。

船内の様子や仕事ぶりは、この番組を主な資料に描写しており、「むさくるしい」ぐらいの男たちの汗や体臭が感じられるような空気感を意識した作品です。

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黒潮ーカツオ漁師の熱い夜

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[想元ライブラリー] の【『黒潮―カツオ漁師の熱い夜』】

■既刊分はこちら
『流刑の島』
『父と息子の裸祭』
『覗き・刺青の男』
『浪速親父の淫らな純情』