想元紳市ブログ

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『グランドフィナーレ』

前作の『グレート・ビューティー/追憶のローマ』が傑作だったパオロ・ソレンティーノ監督の最新作。前作に勝るとも劣らない、映画ならではの世界を堪能した。

舞台は、スイスにある、医療スパを備えた高級リゾートホテル。
長期滞在している、高名な音楽家のフレッド、そして映画監督のミックが主人公だ。

マイケル・ケインとハーヴェイ・カイテル扮する二人は、長年の友人であるばかりか、互いの娘と息子が夫婦という間柄。
フレッドは、表舞台から退き、名声を封印した日々を送っている。アシスタントも務める娘のレナの言葉を借りると”無気力”で、隠遁生活のような余生だ。
かたやミックは、休暇のかたわら、若いスタッフたちを呼び寄せて新作「人生最後の日」のリライトを精力的に進めている。

両者ともタイプは違うが、ユーモアがあり、ときにスノッブで辛辣、世俗を達観した裕福な老人二人である。

ところが、おそらくいつもと変わらぬ休暇になるはずが、ふとしたことを契機に、思ってもみない事態をみることになる。

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突然、夫から離婚を告げられた娘のレナは、ショックのあまり、激しく父の生き方を責めたて侮辱する。
音楽優先で家族を顧みなかったこと、性別を問わぬ幾多の浮気沙汰、そして今や重度の認知症らしき病でベニスの病院に入院した妻を放置していること、など。

しかし、おそらくフレッドは、枯れた余生を送る表向きの姿とは裏腹に、妻の病以来、孤独と自責の念に苛まれた日々を送っており、ひた隠しにした本心をずばりと突かれてしまったに過ぎない。
その証拠に、代表曲である「シンプル・ソング」をエリザベス女王の前で指揮して欲しいという王室からの申し出を、ある個人的理由で、頑なに拒否し続けているのである。

そんなフレッドに対し、今だ現役で血気盛んだったミックを、終盤、ある絶望が襲う。
きっかけは、長年のコンビで、次回作の主演にも決まっていた大女優のブレンダが、わざわざミックを訪ねてきたことから……。

ブレンダを演じたのはジェーン・フォンダ。独特の語り口と後姿だけで、強烈にその存在を印象付けた演技は、老醜を厚化粧で塗り固めたケバイ姿とともに、本作の見どころの一つである。

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原題は”YOUTH”、若さ。

過去と未来、人生において、両者はどんな意味を持つのか。
とりわけ老いた二人にとってのYOUTHとは、もう取り戻せない過去と同義語。
二人がしばしば会話のネタにするギルダという女性は、まさにその象徴だ。

ところが、ホテルの医師がこんなことを言う。
「YOUTHは”外”にある」と。

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芸術的センスあふれる映像と音楽、夢とも現実ともつかぬ鮮烈なイメージの断片など、ソレンティーノ監督独自の世界観と感性は、『グレート・ビューティー』以来一貫している。

とりわけ自分が好きなのは、相反するものを対比させるという、彼得意の仕掛けだ。

本作では、過去と未来、老いと若さを象徴させるがごとく、例えば醜悪な老体に対してミス・ユニバースの人間離れした肉体、心地よいクラシック音楽に対し最先端のヒップ・ホップ、映画に対するテレビの存在など、その対比は実に鮮やかでセンスがいい。

そして、それらが大団円へとなだれ込むラストシーン。
「シンプル・ソング」を異様なほどエモーショナルに歌い上げる実在のソプラノ歌手スミ・ジョー、病んでしまった妻の硬直した顔、ダンスする少女の穏やかで初々しい表情、それら女たちのカットバックから浮かび上がってくるのは、見事にYOUTHというものの本質だった。

 

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