想元紳市ブログ

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『彼方から』

第25回レインボー・リールにて、『彼方から』を観た。2015年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞作である。

ベネズエラの首都カラカス。
歯科技工士の中年アルマンドは、見ず知らずの青年を部屋に誘い、自慰の対象とする性癖を持っている。お金を介した、その場限りの関係だ。ところが、一人の青年エルデルとの出会いが、二人を予期せぬ展開に導いていく。

そもそも、部屋に招いたあと、いきなり殴打され、金品を盗んで立ち去った悪党がエルデル。にもかかわらず、アルマンドは執着してつきまとう。おそらく、そこまでエルデルに惹かれる理由を自分自身で掴みかねたまま。
かたやエルデルは、最初は金銭目当てから、徐々に心を開き、その後急激に熱くなっていく。

無意識の領域で、二人を深く結び付けたものがあるとしたら、共に抱える父という存在の欠落だ。
アルマンドは、父と絶縁状態で、最近カラカスに戻ってきたことに動揺しつつも、遠くから眺めることを止められない。
エルデルにも父はおらず、母は何やら奇妙な違和感を感じさせる人物である。

とりわけ、アルマンドの閉ざされた心の闇は相当に不可解で、映画の語り口があまりに寡黙なことも相まって、いよいよ曖昧さを増してくる。

その結果、本作を観た人は、それぞれ異なる受け取り方をするようだ。

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自分はというと、ルキノ・ヴィスコンテイの『ベニスに死す』を思い出した。

テーマは同じ、歳の離れた男同士の究極の愛だ。

もちろん、「究極」の解釈は違うし、二つの物語は全く異なる。
それでも例えば、海辺で岩場に寝ころんだエルデルを捉えるアルマンドの視線は、砂浜に立つタジオを眺めるアシェンバッハを彷彿とさせる。

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二作品が決定的に別の展開に至るのは、アシェンバッハの想いが、最後まで一方通行で精神的にも肉体的にも成就せず終わるのに対し、アルマンドとエルデルはついに激しい情交を持ってしまうからである。

アルマンドは、ある距離を保った、言わば未完の関係を望んでいた。その証拠に、青年たちを部屋に招いても、裸体を見るだけで一切手を出さない。そこには、何やら呪縛めいた悲劇の影が見え隠れする。

劇中では全く明らかにされない、アルマンドが父を嫌悪している理由と、もしかして深く関係しているのかもしれない。

一線を越えてしまうのはエルデルであり、それゆえ、アルマンドは、ある決断を余儀なくされる。

やっと呪縛のケージに戻った安堵を、ラスト、アルマンドが見せる表情に、自分は見た気がした。
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『楽しい夜』

今や人気作家並みに愛読者の多い翻訳家・岸本佐知子編訳の短編集『楽しい夜』を読んだ。

彼女が翻訳したもので一番好きだったのは、ミランダ・ジュライの『いちばんここに似合う人』。

最も新しい本作でもミランダ・ジュライ作含む、現代アメリカ文学から選りすぐった11の短編が収められている。

10ページにも満たない、アリッサ・ナッティング著『亡骸スモーカー』。
岸本をもってして「個人的には今まで読んだ恋愛小説の中でも五本の指に入る美しさではないかと思っている」と言わしめるほどの秀作。

葬儀場で働くギズモは、人の髪を煙草のように吸うことで、その人の記憶を辿ることができるという不思議な力の持ち主。
最近恋人と別れ、ギズモに惹かれつつある「わたし」が、自分の髪を差し出す。

「おまえの元カレって、ひでえ奴だな」
「俺、だめになった恋愛の記憶を山のように吸ってきたんだよね。だから、そうならないやり方はわかってるつもりだよ」

「わたし」の気持ちが、ギズモに急激になだれ込んでいくラストの描写が詩のように美しい。

「わたしたちがキスをすると、ふいに葬儀場の匂いが、穏やかでつるつるした何かに変わる。二人の呼吸がその上を滑っていけるゼリーのような何か、二人がしずかに死の舞いを舞うあいだ、わたしたちの心臓をそっと止めておいてくれる何かに」

唯一、ゲイを主人公にした短編が、エレン・クレイジャズ著『三角形』。

学会で出張にやってきたマイケルと、同地に住む母を訪ねるため同行してきたウィリー。二人はと共に研究者同士の中年のゲイカップルである。ところが行きの機内で喧嘩し、マイケルは腹いせから宿泊先で別の男と関係をもってしまう。

翌日、学会を終えて空港に向かう途中、浮気の埋め合わせと仲直りのため、骨董屋でウィリーのためにプレゼントを探す。
偶然見つけたのは、ナチの強制収容所で同性愛者が身につけたピンク色の三角形をしたフエルト製のワッペンだった。

空港で待ち合わせた二人は、あっさり仲直りするものの、ウィリーから聞かされたワッペンにまつわる事実と、浮気をした自身の罪悪感から、マイケルは機内で壮絶な悪夢を見るのである。


『さざなみ』

ゲイの青年二人のつかの間のふれあいを描いた『ウィークエンド』が秀作だったアンドリュー・ヘイ監督の最新作『さざなみ』。

うって変わって、本作の主人公は、45年連れ添った老夫婦のケイトとジェフ。
子供はいないが、豊かな自然に囲まれた一軒家で、愛犬とともに穏やかな余生を送っている。

ところが、大々的な結婚記念パーティーを週末に控えたある日、一通の手紙がジェフに届く。
それをきっかけに、ジェフは、50年前に山で遭難死した元恋人に執拗な想いを馳せるようになる。ケイトは、そんな夫に不信感を抱き、自分の知らない、しかももはや存在すらしない女に対する嫉妬を募らせていく。

平穏だった日常が、見えないところで軋み始めるのだ。

感情のおもむくまま、一人思い出に浸り、妻の気持ちなど思いも寄らない夫。ようやく妻が苛立っていると気付くや、まるで子供のようにご機嫌取りに出る。

妻は、理性でわかっていても、存在しない女に、湧き起こる嫉妬心の持って行き場がない。そんな自分を持て余し、ささいなことに神経をすり減らす。

ベッドの上で眠りにつく前、ケイトは夫に問いかける。「もし彼女が死んでいなければ、結婚していたか」と……。すると、ジェフは素直に「していた」と答えてしまう。

『ウィークエンド』同様、二人がベッドで会話するシーンは、ヘイ監督の最も好むシチュエーションかもしれない。
ベッドの上は、二人にとって極めてパーソナルな空間であり、濃密な時間にもなりうるのだ。

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大勢の招待客に祝福された結婚記念パーティーで、ジェフは妻への愛と感謝の気持ちを感動的にスピーチし、思い出の曲にあわせてダンスに誘う。昨日まで元恋人の思い出に囚われていたことなどすっかり忘れている。
かたやケイトは、表向き穏やかに微笑みながら、ときおり、背筋が凍るような冷ややかな表情を見せる。

45年連れ添っても、結局男と女は、こんなにも違うものなのか。
それでいて、双方の気持ちに共感できてしまうのは、おそらくヘイ監督も自分もゲイであることと無関係ではないだろう。

ケイトの中では、もはや修復できないほど、何かが完全に壊れてしまっていることはほとんど間違いない。
「これからも宜しく頼む」と涙ぐみながら語る夫の願いとは裏腹に、もしかして二人は、この後まもなく破綻する運命にあるのではないか、という不安すらよぎる。

『ウィークエンド』でも感じた、ある種の虚無感が、ヘイ監督の根底には流れているようだ。

シャーロット・ランプリングとトム・コートネイが、揃って、第65回ベルリン国際映画祭で主演男優賞と主演女優賞を受賞したのも納得。とりわけ、老いてなおいっそう知的に美しく輝くシャーロット・ランプリングという女優の存在は、映画界の宝である。

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