想元紳市ブログ

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又吉直樹『火花』

今や、単なる一小説の範疇を越えて、社会現象になったともいえる本作。
ここまでくると、いささか意地悪な視線で読まざるを得なかったが、結論から言うと、自分は面白く読んだ。

売れない芸人コンビ「スパークス」の片割れである僕(徳永)と、たまたま熱海で知り合った、破滅的で天才肌の先輩芸人・神谷。
二人が、芸人論を戦わせる十年にわたる交流を描く。

現役の売れっ子芸人が書く漫才の物語というだけで、愉快な内容になるのは言うまでもない。
それが、単なる内輪ネタや作文に終わらず、純文学のレベルに達したのは、ひとえに又吉の文学的センスの賜物であろう。

関西弁で繰り広げられる、ギャグを織り交ぜた軽妙な会話文と、それとは真逆の、ナイーブで硬質な地の文体の危うい合体が、この小説の魅力だと自分は思った。
そしてそれは、テレビで見る又吉のイメージとぴったり一致する。

当然、例外なく読者は主人公の徳永に又吉を重ねて読む。
それは小説にとって、長所であると同時に、欠点でもある。
欠点を長所に変えられるのは、又吉が私小説作家の道を選んだときだけだ。

無名のアマチュア作家が、新人文学賞に本作を応募したのだとしたら、はたして審査員の目に留まったかどうか、自分にはわからない。
読み始める前に、様々な情報をインプットされてしまうのは、この作品に限ってはもう避けられないのだから。

一つ確かなことは、又吉が本物の小説家であるかどうかは、次回作にかかっているということだ。
芸人が漫才を描くのは、どうあっても楽屋落ちであり、それ以外の世界をいかにして小説に仕立て上げることができるか。
それによって、芥川賞受賞が正しかったのか、そうでなかったのか、否応なく答えが出る。

もっとも、芥川賞というのは、意外に商業主義的な背景を持っているというのが自分の見方である。
大衆文学に与えられる直木賞の方が、実はよほど小説の出来そのものに特化している。

作家性や斬新さを問われる芥川賞は、過去、話題性ばかりが先行することが多々あった。
十代の女性が書いたとか、逆に75歳の女性が見出した新しい文体とか、赤裸々に性を語った……等々。
その意味で、ピースの又吉が書いた純文学である『火花』は、まさしく芥川賞らしいと言える。

おそらく、又吉は、次回作も器用に仕上げることができるだろう。
だが、果たしてそれが『火花』のほどの濃密さを持ち得るかについては、自分は今のところ疑問である。


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