想元紳市ブログ

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桜木紫乃『誰もいない夜に咲く』

7編からなる短編集である。
どれも短編とは思えない濃密な大人の関係が描かれていて、読後、徒労感にも似た余韻に浸る。
彼らは誰もが官能的だ。
それぞれに性的な匂いを秘めており、それが桜木紫乃の描く男女の魅力だと思う。

もちろん舞台は全て北海道。
出てくる男たちが往々にして精神的に弱く、生活力にも乏しい一方、女たちは強く、自立して生きている。

『風の女』は、離れていても、知らずと避けられない運命を背負う姉と妹の物語だ。
17で家を出たまま28年間行方がわからなかった姉の洋子の遺骨がある日届く。持ってきたのは有名な書家の男。
姉が家を出るとき、最後に残した言葉は「人は、逃げてもいい」だった。
既に両親は亡く、一人暮らす妹・美津江の28年と、あとで知る、姉の生き様と死に様。

「洋子は、長い時間をかけて逃げおおせたのだった。生まれた場所から逃げ、他人の思惑から逃げ、感情を繰りながら自分からも逃げ、もう誰も追いつけない場所へ行ってしまった」

女二人の半生が短いページ数にドラマチックに凝縮されている。

自分は、桜木の描く、疲れた中年の男たちに惹かれる。
例えば、ラストの『根無草』に出てくる古賀という男。

古賀は、あちらこちらを転々とし、土地の売買などお金になりそうな匂いを嗅ぎつけては動く、山師のブローカーだ。
新聞記者の六花が、寂れた田舎に住んでいた少女の一時期、家に月に一度出入りしていたのが古賀であり、些細な人生の機微を教えてくれた優しい男だった。
結局、古賀と父で計画していた起業は、父の浅ましい博打根性で頓挫し、その償いなのかどうか、最後の晩、古賀と母が交わる姿を目撃している。

時を置いて、古賀と六花が、札幌で再会する。
古賀は六花の書いたある記事を気に入っていると言い、暗唱する。

「梅花藻が川のせせらぎに身を任せる様子は、根のない草がようやく落ち着く先を得て安心しているように見える。だからこそ澄んだ水に礼を言うために、季節はずれの夏に梅の花を咲かせるのだろう」

古賀は、今や初老の佇まいだったが、後日、あることがきっかけで、六花は、知らなかった古賀の心の奥底に触れることになるのである。


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『グレート・ビューティー/追憶のローマ』

若い頃に書いた小説で名声を得て以来、筆を折ってしまった小説家のジェップ。
40年が経ち、今やダンディーな初老の男。
パーティーと酒とドラッグに明け暮れる享楽の日々を送っている。

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遊び仲間は、上流階級や富裕層のインテリたちだ。
彼ら俗物たちの退廃的なから騒ぎぶりは、確かにフェリーニの『甘い生活』を思わせる。
そこにさらに色鮮やかな原色が加わり、自分は、デビッド・リンチの『ブルーベルベット』の世界感を思い出した。

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ドラマ的展開も起承転結もなく、シーンは断片的で繋がらない。
台詞は極めて観念的、これで二時間半近くの長尺だから、見る人を相当選ぶことは間違いない。

それでいて、描かれるテーマは、実にピュアでプラトニックである。
ジェップの若き日の初恋と失恋――。
それ以来、恋人エリーザの幻影を追い求めた、喪失の40年だったのである。
タイトルの「グレート・ビューティー」とは、他でもないエリーザのことでもあるのだ。

ところがある日、突然訪ねてきた夫だと名乗る男の口からエリーザの死を知らされたことから、ジェップの内面に変化が生じ始める。
40年目にして知った真実。
残された日記を見てわかったとして、夫はこういうのである。

「妻は、ずっとあなただけを愛していた」

享楽的でデカダンな日常と対比するものとして、宗教が置かれている。
終盤、登場するのは100歳を越えたシスターのマリア。
アフリカで草の根を食べて生活しているというが、そのことが象徴するように、人間の最も根源的な部分として宗教が描かれるように思う。

時を置いて、今度はジェップが、エリーザの夫の家を訪ねると、既に新しい女性と生活を共にしている。
今夜は何をするのかと問うと、夫は答える。

「特に何もしない。アイロンが終わったら、一緒にワインを飲んで、しばらくテレビを見て、あとは寝るだけだ」

それを聞いて、ジェップはこれこそ自分が40年追い求めているものだと気づいたはずだ。

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この映画、一回目は難解さゆえに途方にくれるばかりだが、回数を増す度に紛れもない傑作だと思えてくる。
美しいローマの街や芸術を映しだした映像美、センス溢れる音楽、それらが醸し出す独特の映画的世界に耽溺すると至福の時間となる。
Monica Cetti の歌う”Ti ruberò”というイタリアンポップスなどすごくいい。

 

榊山保(三島由紀夫)『愛の処刑』

ゲイ雑誌の先駆的存在だと言われる『ADONIS』は、1952年から62年まで十年あまり、男性同性愛の会「アドニス会」が発行していた機関誌だ。
小説だけを集めた別冊『APOLLO』の1960年の号に掲載された短編が『愛の処刑』である。
筆者の榊山保は三島由紀夫のペンネームであった。

三十代半ばの中学教師、大友信二の家に、教え子の一人である俊男が訪ねてくる。
同じく教え子で、俊男の親友だった田所は、信二に、雨の中立たせられたことが原因で肺炎を起こして死んだ。
俊男は、信二にその責任をとって切腹してくれというのである。
田所も俊男も愛していた信二は喜んでそれを受け入れ、実行するという、いかにも三島らしい物語である。

信二は、褌を常用している筋骨隆々の毛深い体育教師。一方の俊男は美少年という設定は、官能小説の枠組みを外していない。
切腹の前に、信二が井戸に立って全裸で身体を洗い清める場面など、なかなかにエロチックだ。

「固い引き締まつた胸には胸毛が生え、腋窩からはみ出したつやつやした腋毛は胸の下辺の毛とほとんどつながつてゐた。胸毛の下は、一筋の黒い毛が臍までつづき、毛もくぢやらの腹部の毛は、真黒な影としかみえない密生した陰毛の中へ埋もれていく。(中略)何に興奮してゐるのか、男根は赤紫の亀頭を光らせて、直立してゐた」

その後、俊男は信二が再び褌を締めるのを手伝いながら、股間に手をやり、熱い接吻まで交わすのである。

三島が書いたゲイ向け官能小説というだけも必読。
三島らしい煌びやかな装飾を極力抑えた平穏な文章に徹しつつも、描かれる官能的な情景は、おそらく自己の願望をそのまま生々しく吐露したものであることは言うまでもない。

もちろんオリジナルの『APOLLO』の入手は難しいが、三島の全集の中に本作は収録されている。