想元紳市ブログ

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桜木紫乃『氷平線』

以前書いた『ラブレス』が抜群に面白かった桜木紫乃。
直木賞を受賞した『ホテルローヤル』を一気に読み、引き続き、デビュー短編集『氷平線』を手にした。

6編の短編はどれも北海道を舞台に、それぞれに楽でない日常を生きる男と女の物語だ。

どの短編も重くて暗いが、うまい文章と美しい描写で、生きることの悲哀や苦しさが、深々と降り積もる雪のように綴られる。

特に好きだったのは『雪虫』と『霧繭』。

『雪虫』は、高校時代からつきあってきた二人が、十勝から札幌に出て働く。
それぞれに挫折を経験し、それぞれが再び時を隔てて十勝に戻る。
共に別の相手と結婚しながら、腐れ縁のように関係を続ける二人の生き辛さが、閉鎖的な酪農農家を舞台に描かれる。

離婚を経た四十前の和裁師、真紀を主人公にした『霧繭』。
真紀、呉服問屋女将のひな子、曖昧な男女関係を続けている呉服問屋の顧客部長・山本。
山本とひな子はかつて恋人同士であったという大人の三角形が中心だが、微妙な三人の関係はそれだけではない。

師匠の千代野と弟子の真紀、さらにその妹弟子のひなのの関係。
同じ和裁師だった真紀の母と、千代野、そして真紀。
それらが、幾重にも重なって、短編とは思えない濃密さがある。

ぴたりと密着しない、できない人と人との間に横たわる微妙な溝というものが、桜木紫乃のテーマでもあるように思える。
官能描写のうまい作家だが、執拗な描写とは裏腹に、常に虚無感が拭えない。

「激しい感情のやりとりがないまま流されてゆく関係が心地よかった。
山本と抱き合うと、上質な絹に変化したような気持ちになれた」

未だ山本に未練のあるひな子が言う。

「真紀さん、いい女ってのは一生かかっても主役にはなれないのよ。主役はいつだって愚かな女なの。覚えておいてね」

いっそ愚かになってしまえば、物事はずっと楽で、生きやすいのかもしれない。
そうできない人々を、桜木はこれからも綴っていくのだろうか。



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