想元紳市ブログ

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『EDEN』

EDENとは、新宿二丁目にある架空のショーパブの名前である。

山本太郎演じる店長のミロと、ショーに出演するドラァグクィーンたち。
ある日、仲間の一人ノリピーが急死、最期に「お母さんに会いたい」と呟いて……。

ゲイであることを認めてもらえず、数年前に勘当同然で家を出たノリピー。
死してなお、両親が遺体の引き取りを拒否したと知り、みなで軽トラックにのせて千葉の実家に送り届けようと画策する。

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原作である、船戸与一の短編集『新宿・夏の死』がハードボイルド調であるの対し、映画はコミカルで軽いタッチだ。
冒頭やエンディングのドラァグクィーンが歌い踊るシーンはあまりにお粗末過ぎるが、物語は、遺体を両親に手渡す終盤に向かって、しみじみとした哀切に満ちてくる。

本作の真のテーマ、つまり、母と息子の物語がじわじわと炙り出されてくるのである。
とりわけ、息子がゲイの場合、そこには通常とは幾分違う、ある種独特の結びつきがあるように思う。
性転換手術で変貌した我が子の遺体を迎える母を演じた藤田弓子の演技には、お約束ながら胸を締め付けられた。

そして、なんといっても最大の見せ場は、ノリピーを無事送り届け、東京に戻ったミロが、まだ誰もいない店のカウンターからひっそり実家の母に電話をするシーンだ。

遠く離れて暮らし、どうやらミロの側から勝手に距離を置いてしまっているらしい田舎の母と久しぶりに会話をする。
もちろん、息子を案じる普通の母の思いに、変わりなどあるはずもない。
受話器越しにもそんな母に悟られまいと、押し寄せる感情を必死にこらえる山本太郎の演技に泣けた。

心配をかけたくないという強がり、感謝と愛情、真実を言えない苦しみ、寂しさや孤独など、ゲイのみならず離れて暮らす子供なら誰もが共有する、親に対する複雑な感情を、わずか数分のうちにたった一人で見事に表現しえたのは、もしかして山本太郎の抱える病んだ心の闇と関係があるのかもしれない。

挿入歌であり、みなが好きで口ずさむ松田聖子の『赤いスイートピー』は、実際、ゲイの定番ソング。

「なぜ知り合った日から半年過ぎても
あなたって手も握らない」

ノリピーを送り届けた帰り道、堤防に車を停める。
並んで腰かけ、暮れゆく海を眺めるドラッグクィーンたちのセンチな後姿が愛おしい。

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『人生にYESと言いなさい~レニ・絶賛と非難の101年~』

NHKドキュメンタリーシリーズ『ザ・プロファイラー』の『人生にYESと言いなさい~レニ・絶賛と非難の101年~』を観た。

レニ・リーフェンシュタールの名を初めて知ったのは、石岡瑛子が装丁した写真集『ヌバ』である。
2003年に101歳で亡くなったが、20世紀を代表する女性の一人であったことに異論を挟む余地はない。

ベルリンの裕福な家庭で育つも、親の反対を押し切って舞踊家になり大成功。しかし、足を痛めて映画の世界へ。
監督兼女優として高い評価を得る。

ヒトラー率いるナチス党大会を記録した『意志の勝利』とベルリン・オリンピックを記録した『オリンピア』は共に傑作として世界的な名声を得るが、ドイツ敗戦と共に、ナチに協力した映画監督として死ぬまで批判を浴び続けることになる。

失意の20数年の後、70歳を過ぎてアフリカのヌバ族を撮影した写真集を発表し、写真家として再起する。
98歳のときには、取材先のアフリカ・スーダンでヘリコプター墜落事故に遭遇するも、奇跡の生還。
100歳で半世紀ぶりに映画を監督するなど、生涯を通して挑戦することを止めなかった。

「20世紀を4度生きた」とも言われる半生。
映像でみる、とても100歳とは思えない美しさと気高さは、そのまま彼女の生きた年月が形作ったものだろう。

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決して途絶えることのなかった世間からの非難に対し、インタビューでこう答えている。

「一体どう考えたらいいのです? どこに私の罪が? 『意思の勝利』を作ったのは残念です。あの時代に生きた事も。でもどうにもならない。決して反ユダヤ的だったことはないし、だから入党もしなかった。言って下さい、どこに私の罪が?」

番組中も、コメンテーターの大学教授や映画プロデューサーが、「やはりレニは一言謝罪すべきだった」と述べているのに対し、現代アーティストのスプツニ子!のコメントが最も共感できた。

「その世の中で何が正義で何か悪であるか、この時代のようにいとも簡単に正義と悪は入れ替わってしまう。その時代に正義だから、この時代に悪だから謝るというのはアーティストとしてできなかったのでは」

言うまでもなく、歴史や善悪は常に戦勝国(勝者)の立場から正当化される。
それはドイツ同様敗戦国の日本でも、昨今の国際関係を見ていれば明らかなことだ。

死を前にしたレニの言葉が強い。

「どんなことがあっても人生にイエスと言うこと。どんな不運に見舞われても、人生を愛し肯定すること」

 

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