想元紳市ブログ

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『あまちゃん』

大人気の朝ドラ『あまちゃん』。

折り返し地点を過ぎ、東京編もここ数週間、様々な秘密が解き明かされて、いよいよ波乱の展開だ。
今朝はついに鈴鹿ひろ美と春子がご対面。

脚本、宮藤官九郎のフェティシズム、おそらく80年代のアイドルやTV番組・映画好きであることが密かに盛り込まれたストーリーは、いい意味で朝ドラらしさを失い、一味違う面白さをもたらした。

舞台の台詞回しのようなシーンは、ドラマというよりコントに見え、ときに、あざとさを感じることもある。
しかし、おそらく宮藤の長所であり欠点でもある、テンポのいい会話の応酬劇は、15分という短い時間に見事にはまり、独特のユーモアを生んでいることは確か。

そして、なんといっても過去と現在の絶妙なカットバックは、このドラマの肝である。
夏と春子とアキの、三人の女の生き方が時間を飛び越えて影響し合う。
過去と現在は繋がっているという当たり前のことが、15分の中で鮮やかに描かれる。

ドラマが成功した、最大の理由の一つが、キャスティングにあることは言うまでもない。
とりわけ、アイドルを描く物語を支える二本の大黒柱に、小泉今日子と薬師丸ひろ子という、当時の歌謡界と映画界を代表する、本物の二大カリスマアイドルを配置したこと。
それぞれが北三陸と東京でしっかりとアキのそばに寄り添っていることは、なぜか不思議と安心感を感じさせる。

残すところあと二ヶ月。

奈落のGMTが華々しくデビューできるのか、アキが見事にアイドルになるのかは、正直どうでもいい。
やがて、東北を襲う大震災。
そのとき、北三陸の美しい海岸や町の人々のハチャメチャだが幸せな日常が、一瞬であっけなく破壊されてしまうことを、我々は知っている。

軽やかに紡いできた物語が、悲劇をどのように描き、アキはじめ周囲の人々がどうやって受け止め、乗り越えていくのか、自分の興味は、今やそのことに尽きる。

 
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『秋津温泉』

岡田茉利子と言えば『秋津温泉』。

映画出演100本記念として自身が企画し、監督・脚本が後の夫、吉田喜重とくれば、岡田をひたすら美しく見せるだけのメロドラマかと思いきや、なかなか前衛的な、芸術の香り漂う秀作である。

岡山の山間にある鄙びた温泉宿の一人娘・新子と、東京から親族を頼って疎開してきた学生・河本。
二人の出会いから終戦を挟んだ17年の物語だ。

新子は、当時としてはかなり自由な考えを持ち、明るく行動的。
一方の河本は、戦争と病から自暴自棄になっており、辿り着いた宿で自殺を図ったところを新子に助けられる。
二人は魅かれ合い、新子も乞われて一度は心中に同意するが、本当はそんな気はさらさらなく、大笑いで未遂に終わらせてしまう。

明と暗、まるで正反対の二人だが、17年の歳月が、内面を逆転させていく。

井伏鱒二の「さよならだけが人生さ」という言葉が劇中何度も使われる。

その通り、二人は、何度も引っ付いたり別れたりを繰り返す。
実際、正式な恋人関係になることは一度もなく、数年おきに再会してはひとときの愛憎に溺れ、また河本が去っていくという、腐れ縁のような関係だ。

とりわけ印象的なシーンが、東京へ行くという河本を、駅のホームで新子が見送るところ。
河本は、今日は僕が見送る番だと言って、ホームの新子を先に帰らせる。
誰もいないホームを無言で去っていく新子の後ろ姿。
やがて汽車が動きだし、その横を追い越されて初めて新子は感情露わに汽車を追いかけるのである。

一風変わった別れの場面が、二人の関係そのものを象徴している。

17年の間、河本は、他の女と所帯を持ちつつ、厭世的でだらしない生き方を変えることはない。その自己中心ぶりは、したたかですらある。
激しく変貌していくのは、河本をひたすら待ち続けた新子である。

最後に河本が秋津を訪ねたとき、新子は別人のように変わり果てていた。
まるで魂が抜けたように、河本を見ても無表情。ついには、自分から河本に懇願する。
「一緒に死んで欲しい」と……。

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素晴らしいカメラワークで切り取られた画面は現代絵画の趣。
四季の移ろう美しい自然と、滑稽な人間の営みを、ときにワクワクするような斬新な構図の中に見事に対比させてみせる。

男と女の腐れ縁を描いた日本映画の名作というとすぐに『浮雲』を思い出すが、『秋津温泉』の印象はいささか違う。

そこには、大胆に省略された、一編の詩のような雰囲気がある。
何やらヨーロッパ映画の香りが漂っているように思うのは、終始二人を包む、抒情的な弦楽器の音楽によるところが大きいかもしれない。

岡田茉利子が最も美しい盛りの記念すべき作品であり、長門裕之は巧いがどちらかという凡庸な二枚目という点で、その相手役に相応しい。



『キャリー』

母親の虐待により、誰とも深く交わらず隔離されるように育てられた女子高生、キャリー。
極度に内向的な性格は、当然、クラスでもイジメの標的。
あるとき、クラスメートの悪事により、華やかなプロムの席で非情で残酷な仕打ちを受ける。
そのことで、抑圧されていた怒りがついに沸点に達し、いつしか宿っていた超能力を駆使した復讐が始まる。

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今秋、リメイクが公開されるホラー映画の金字塔『キャリー』。
1977年に日本で公開されたとき、自分は田舎の映画館でこれを観て、大変なショックを受けたものである。

今回改めてDVDを借りたのは特典映像を観るため。
2001年製作のメイキングは、40分に渡る主要キャストへのインタビューと、同じく40分に渡る製作スタッフによる解説から構成され、見応え十分だ。

シシー・スペイセクはもちろん、ナンシー・アレン、エイミー・アービング、ウィリアム・カットら、本作の後、揃ってスターへと飛躍していった豪華なキャストが25年前を振り返って語る撮影秘話は、どのエピソードも面白く、興味が尽きない。

改めて本編を観ると、ホラーと青春ストーリーの側面とは別に、非常にエロティックな官能に溢れた映画だったことに気づく。

象徴的なのは、冒頭、女子高生たちのシャワーシーンだ。
その日、キャリーが人より遅い初潮を体験することが、物語の始まりであること。

そして、なんといっても、狂信的なキリスト教信者である母親の存在。
性欲を邪悪なものだと考え、娘の体の成長すら否定するが、実は、彼女自身、夫が他の女に走って捨てられた女であり、嫉妬と怒り、性的な欲求不満を抑圧して生きている。
歪んだ生き方が彼女に宗教という鎧を着せているだけだ。

メイキングにおいては、人物造形と役作りの秘密が、パイパー・ローリー本人によって事細かに解説される。
特に死に様について、「彼女は死を喜んでいるはずだ」という解釈は監督のブライアン・デ・パルマをも唸らせたらしい。

実際、母親が死を向かえる直前の恍惚とした呻き声は、ついに解き放たれた、性的なエクスタシーのそれ以外の何ものでもない。

リメイクで母娘を演じるのは、ジュリアン・ムーアとクロエ・グレース・モレッツという当代きっての演技派だ。
だが、彼女らを持ってしてもオリジナルの二人を超えることは到底不可能だと断言する。

CGや最新のSFXを駆使し、リアルで迫力ある映像は生み出されるだろうが、オリジナルのじっとりとした官能と底知れぬ恐怖は間違いなく失われ、あとに残るのは、遊園地の絶叫マシーンのようなスリルだけであろう。

 

『鬼女』

数年ぶりのドラマ出演になるという、藤山直美を主役に向かえたスペシャルドラマ『鬼女』。
今や観るに堪えない出来の二時間ドラマばかりだが、さすがに見応えがあった。

鬼と呼ばれた結婚詐欺師の女、三崎真由美。
複数の男から大金を騙し取り、二人を殺害した容疑で逮捕されるのだが、本人は一貫して殺人を否認し、真相は闇の中。
とくれば、誰もが記憶に新しい、世間を賑わせた実在のあの事件がモデルである。

留置場で、被告の真由美と、フリーライターの女が面会する冒頭のシーンがいい。

「騙した男なんか一人もいてません。私はただ、あの人らに愛されてしもうただけや」

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実際の事件と同じく、なぜたいして美しくもなく、デブの平凡な中年女に、何人もの男たちがすんなりと騙されたのか。
疑問を抱えたまま、真由美という女の奇怪な魅力と闇が、次第に解明されていく。

文句なしの藤山直美を中心に、藤山と共演できるならと出演を快諾した女優たちが、競うように熱演を見せる。
フリーライターを夏川結衣、検事を田中美佐子。
そして、被害者の男の娘を演じた小池栄子、真由美のやさぐれた旧友を演じたキムラ緑子も、強烈な印象を残した。

特に法廷で証言に立った小池の演技。
真由美の言い草に激怒し、「ブス!ブス!」と絶叫して暴れるシーンは凄まじいまでの迫力だ。

真由美と対決する女検事は、ドラマのもう一人の主人公である。
浮気の疑いがある夫との関係は最悪、かたや検事の仕事も行き詰っていて、今回の裁判はある意味崖っぷち。そんな満たされない生活が、真由美によって、逆に露わに晒されるのである。

一人の女として果たしてどちらの方が幸せなのか、二人の立場が逆転していく心理劇が見事だ。

「私、今までたくさんの男性を幸せにしてきました。検事さんもご主人を幸せにしてあげてはりますか?ちゃんと夫婦生活してはりますか?」

「愛されない女は、ほんまに不憫や」

田中美佐子は、珍しく感情的な演技を見せるのだが、できれば『疑惑』の桃井かおりに対する岩下志麻ぐらいの貫禄とどす黒さが欲しかった。

さらに、ドラマのもう一つの見どころは、事件のスキャンダラスな報道の中で、わかりやすい善悪と美醜を追い求めるマスコミとそれに踊らされる大衆の浅はかさが、図らずも浮かび上がってくることである。

「あたしでもホンマのあたしのことわからへんのに、なんでみんな簡単にわかったって言うんでしょうねえ」

みんなとは、ドラマを観ている視聴者でもあり、そんな我々を真由美は嘲笑っているかのようである。


『ビル・カニンガム&ニューヨーク』

New York Timesの人気ファッション写真家、ビル・カニンガムの実像に迫ったドキュメンタリー映画。

1929年生まれで、80歳を超えた今も現役。
パリの道路清掃員の青い作業用ジャケットがトレードマークだ。
お金儲けや食・住には関心がなく、つい最近までバス・トイレ共同のカーネギーホール上の狭いスタジオに住んでいた。
もちろんランウェイで有名ブランドの最新コレクションも撮影するが、なんといっても彼のライフワークは、50年間続けているという街角でのファッション・スナップである。
カメラ片手に、マンハッタン中を愛用の自転車で走り回る。

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前向きで明るく、ユーモアがあり、その人柄で誰からも好かれ、しかし、仕事では自己の美意識に拘り、一切の妥協をしない日常の断片をカメラは追っていく。

大御所デザイナーのコレクションであろうと、つまらないと思うものには一切レンズを向けることはない。
また、パパラッチが群がるような女優には知らんぷり。
ただで洋服をもらって着ているような有名人には興味がないからだという。

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自分の撮った一般人のファッション・スナップと、同じ洋服を着たモデルの写真を並べて比較された記事を出されて以来、WWD紙とは仕事をしないと決めた。
また、前衛的なDetail誌創刊当初の中心的スタッフを務めた際には、一切給与を受け取らなかった。

「お金をもらうことで、口出しをされたくなかった。自分にとって自由より価値のあるものは他にない」

ファッション関係者はもちろん、社交界のVIPなど、彼を知らない者はいない程の幅広い交友関係とは裏腹に、実は、誰も彼のプライベートの姿を知らなかった。

そんな彼に、監督が、個人的なことについて質問する非常に感動的なシーンがある。

「今まで恋愛をしたことがありますか?」

「一度もない。そんな暇は一切なかった。仕事が好きで心から楽しんできたから」

そして、本作の最大の見せ場が次である。

「日曜毎に必ず教会に足を運んでいるようですが」とさりげなく問われた瞬間、ビルの顔が、それまで見せたことのない沈痛な面持に豹変するのだ。

深く顔を伏せ、もしや涙すら浮かべているのかもしれない、十数秒の沈黙。

その後いつもの顔に戻り、「信仰は自分にとって大切なものです」とだけ答えるのだが、常に底抜けに明るく、前向きな彼の、決して人には見せないもうひとつの顔が炙り出された瞬間だ。

そこにどんな事情があるのか、語られることはない。
また、彼はおそらくゲイだと思われる。
だが、そういったことを抜きにしても、一人の人間としての生き方に、思わず称賛を覚えざるを得ない。