想元紳市ブログ

2012年10月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2012年12月
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2012年11月
ARCHIVE ≫ 2012年11月
      

≪ 前月 |  2012年11月  | 翌月 ≫

田口ランディ『サンカーラ この世の断片をたぐり寄せて』

作家の白石一文が絶賛したのが、本作。

「これは田口ランディの代表作というだけでなく、今この時代に我々が持つべき精神的な強さとは何かをしっかりと伝えてくれる」

『サンカーラ』とは、著者いわく「この世の諸行を意味する。私という意識の経験の蓄積、様々な印象を寄せ集めたモザイク」。
ブッダについて書きたい、というのがそもそものきっかけだったようだ。

東日本大震災後の日本で考えたこと、行動したことを、実在の人物との交流の中に綴った8編。
著者はこれを小説の枠組みの中で書いたという。

大地震と津波、原発と放射能の問題を中心に、広島の原爆、水俣病にまで遡り、さらに、アウシュビッツやカンボジアのキリングフィールド、グラウンド・ゼロを訪ねたときの記憶を手繰る。
共通するのは、不条理な暴力によって引き起こされた破壊だ。

それが、むしろ個人的な内面の破壊という観点から捉えられている点に、本書の特質がある。

背景にあるのは、著者の家族の問題である。
実父がアルコール依存症のDVだったこと、その結果、母が深刻な神経症になったこと、同居していた義父母の相次ぐ死。
とりわけ、無職で家族から疎まれ、10年の引きこもりの末、40代で自殺した兄のこと。
腐乱した兄の死体を見たことは、ものの見方を根本から転換させたという。
そのあたりを綴った最終章の『死と甦り』は圧巻。

世の中の暴力的な破壊と個人的な体験が並列に綴られ、読み進めていくうちに、いつしか壮大な精神世界に導かれる。
否応なしに、人が生きるとはどういうことなのか、という問いが突きつけられる。

心に残った文章。

「優先順位を間違うのだ。大切なことをないがしろにしてしまう。注意力が足りなくてサインを見逃してしまう。そんな自分の弱さが情けない。日常のなかにたくさんのサインが隠されている。自分がなにをすべきかを示唆してくれるサインだ。でも、それに気づかず、無視してしまう。そういうことの繰り返しが重なることによって、人生は不必要に回りくどく、意味不明になっていく」

「どんなひどいことが起こっても、人間の心には自然そのもののような強さがあり、光が射し、そよ風が吹き、冬のあとには春が来るし、夜はいつか朝を迎えてしまうのだ。いやおうもなく変わってしまう。だから、私たちにできることはその変化を受け入れ、崖っぷちで踊ること」

著者は、自分の身を削り、血を流しながら本書を綴ったに違いなく、それが読者の心に強く訴えないわけがない。


スポンサーサイト

『思秋期』

なんともおかしな邦題だが、原題も奇妙で『ティラノサウルス』。
主人公である中年、ジョセフの妻のあだ名である。

肥満と糖尿病の末、5年前に死んだ妻。
太った妻が家を歩くと、まるで『ジュラシック・パーク』の恐竜さながら、テーブルや床がミシミシと揺れたのだ。

妻の死後、酒浸りで職を失い、感情のコントロールをすることもできず、怒りと暴力に身を任せてきたジョセフ。

Tyrannosaur_convert_20160122233542.jpg

冒頭、バーから出てきた泥酔のジョセフが店内に向かって悪態をつき、それでも気が収まらず、外で待っていた愛犬を発作的に蹴り殺してしまうという残酷なシーンで始まる。
翌朝、後悔に苛まれ、家の庭に愛犬を埋葬するみじめさが痛々しい。

そんなジョセフが、ある日、一人の人妻と出会う。
ちっぽけな古着店を営むハンナ。
敬虔なクリスチャンで、荒れるジョセフをそのまま受け入れる。

人生のどん底で、何をどうすればいいのか、これからどうやって生きていけばいいのかわからない者同士が、心の奥深いところで癒しあう。
安らぎや優しさが、いつしか愛情へと変わっていく。
が、それで二人の人生が、すんなりと好転するわけではない。
実はハンナには、誰にも言えない秘密があり、そのことに関係するある事件が起こってしまう。

人間関係に不器用であるがゆえ孤立し、不幸のスパイラルに陥っていく二人の行く末に込められたもの。
結局、希望とは、人と人との関わりの中にしか見出せないのではないか、ということだ。

そこには、36歳のとき、アスペルガー症候群と診断された監督自身の願いが込められているのかもしれない。

ジョセフとハンナを演じた二人の俳優の、迫真の演技に圧倒される。

 

『裏切りのサーカス』

公開時から、難解さゆえ複数回観なければ理解不能だともっぱらの噂だった本作を、DVDでやはり二度鑑賞。
その結果、自分は素晴らしい傑作だと思った。

ジョン・ル・カレの有名スパイ小説が原作で、30年以上前のBBCによるテレビドラマ化に続き、二度目の映像化である。

物語自体はいたってシンプル。
東西冷戦下、サーカスと呼ばれる英国の諜報機関に潜り込んだソ連KGBの二重スパイを探すこと。

主人公はゲイリー・オールドマン演じるスマイリー。
かつて右腕だった、ジョン・ハート演じるコントロールがスパイ探しに失敗して失脚後、謎の死を遂げる。
そこで、ともにサーカスを去ったスマイリーが、スパイ探しを請け負う。

tinker-tailor-soldier-spy09_convert_20160122233532.jpg

実際、どれだけ注意深く観ても、一度目はわからない点だらけだ。
それでも、もう一度観たいと思わせるのは、不可解さが計算されたものであり、全体として見事な映画的完成度をなし得ているからに他ならない。

過去と現在の大胆な編集、絵画のような映像、センスある音楽。
台詞やシーンは意図的に省略され、詳しい説明が排除された結果、観客自身が、あたかもスパイ探しするがごとく、迷宮に放り込まれてしまうのである。
そして観直すたびに、至る所に伏線やヒントが隠されていたことがわかってくる。

果たして誰が二重スパイだったのか。
それは世界的ベストセラーの原作や既にドラマ化されていることを考えると、もはやネタバレでもなんでもないのだが、真相を知ったところで、この映画を観る楽しみはいささかも減じることはないのである。

本作が素晴らしいのは、緊張感あふれるスパイ探しの裏側に、幾つものせつない愛の物語が滔々と流れていることだ。

重要な要素をなすのが同性愛である。
物語の中には、少なくとも二組の同性愛関係があり、その部分を理解した上で本作を観ると、全編を貫く柱の一本がクリアに見えてくる。

終始、どんよりとした暗い画面と控えめな音楽で進むのだが、最後は一転してフリオ・イグレシアスが歌う”La Mer”を背景に結末が足早に綴られる。
賛否両論分かれそうな、実験的とも言えるセンスが自分は素晴らしいと思う。

物語は、実際の事件に基づいている。
二重スパイのモデルになった男の顔写真を見ると、物語には、実はもう一つの驚愕すべき結末の可能性があるのではないか、ということに気付かされるかもしれない。

 

『PINA / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』

ドイツが生んだ世界的舞踊家ピナ・バウシュの残した舞踊とダンス理論に迫ったドキュメンタリー映画。
大半は、彼女の舞踊団による実際のダンス映像である。

監督はヴィム・ヴェンダース。
早くから企画されながら、なかなか実現できずにいたところ、2009年に当の彼女が急逝。
急きょ、舞踊団による踊りとインタビュー、わずかなピナ自身の映像を構成し完成させたのだという。

コンテンポラリー・ダンスと演劇の融合。
コンセプトを際立たせるため、ヴェンダースは、あえてステージを離れ、電車の走る交差点、河川敷、プールサイド、公園、工場跡地などにダンサーを引っ張り出し、踊らせた。

maxresdefault_convert_20160122233519.jpg

独特の音楽と合わさって、かなりシュールな世界である。
それは、紛れもなくヴェンダースによる解釈でもあるわけだが、結果として、肉体と動きはより饒舌になり、観る者に考えるヒントを提示してくる。

彼女の踊りについて、生命の輝き、喜び、充実感といった言葉で感想を述べている人もいるが、自分が感じたのはむしろ真逆だ。

伝わってくるのは、内側に向いた、ネガティブなもの。
満たされない思い、すれ違う心、裏切り、嫉妬、憎悪、摩擦、孤独、絶望……。
多くは非常に性的ですらある。
しかし、複数の言葉を並べても尽くせない。言葉で形容することそのものが、陳腐に思える。

ピナ自身の言葉。

「言葉で表現するのではなく、特別な何かを感じとってもらいたい」

ピナは、ダンサー個人が、己の奥深くに秘めたディープな感情に向き合い、さらけ出すことから生まれる動きを待ち望んだ。

「自分の内面にある悲しみや喜びを表現しなさい」

彼女は、なんと癌の告知を受けた日の5日後、亡くなったという。
肉体と精神の直結した、まさにピナ・バウシュらしい死に様のように自分には思える。