想元紳市ブログ

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船戸与一『新宿・夏の死』

『新宿・夏の死』は、各々100ページ近くある8つの中編から成る、ハードボイルド・ミステリー集である。

8編に共通するのは、夏の新宿を舞台にしていること。
もうひとつは、主人公たちが揃って、平凡な人生という王道から脇道にそれてしまったアウトサイダーだということだ。

死んだ仲間の尊厳のために立ち上がるゲイバーのママ、生活のため借金取り立て屋になった元銀行員、暗い過去を背負う元高校教師のホームレス、チベット人活動家の女に耽溺する若き見習い調理師、情夫の経営する興信所に勤める元女刑事など……。

歌舞伎町、新宿二丁目、大ガード下、新宿中央公園、小滝橋通りなど、なじみのある場所で、闇に浮かび上がるネオンの如く濃密な世界に目が眩む。

描かれるのは、行き場を失った欲望と、そこに下される制裁である。
贖罪の物語とも言える。

とりわけ好きだったのが『夏の黄昏』。

職場でのパワハラが原因で自殺した息子の復讐をするため、上京した初老の父親。
西新宿にある高層ホテルのエレベーターで、昔、深く愛し合った女とばったり出会う。
蘇る過去、覆い隠してきたもう一人の自分。
つかの間だが官能的な二人のふれあいがいい。

本作が書かれたのは2000年前後であり、当時の社会的状況が各物語に色濃く反映している。

バブル崩壊後の閉塞した社会、雇用なき景気回復、増加する外国人犯罪組織、中国の不気味な影など……。
状況は10年以上たった現在でも、未だ解決の糸口がないばかりか、益々混迷の一途をたどっているとも言え、物語が全くリアリティを失っていないのは当然である。

多くの物語で、結末に用意されているのは、死や絶望だ。
だが、不思議と後味は悪いものではない。
それよりももっと恐ろしく思えてくるのは、社会の縮図として、新宿という町が混沌とした不条理そのものを象徴し、ちっぽけな人の営みを飲み込み、ただじっと横たわっているということである。


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『灼熱の魂』

カナダのとある都市。
プールサイドで突然様子がおかしくなり、そのまま急死してしまった母のナワル。
残された双子の男女、ジャンヌとシモンに、公証人を通じて二通の手紙が託される。

ジャンヌには父宛の、シモンには兄宛の手紙。
父はすでに死んだはずで、兄についてはその存在すら初耳だ。
それなのに、二人を探し出し、手紙を手渡してほしいという遺言だった。

二人は、母の故郷である中東のとある国に飛び、父と兄の所在を探す旅に出る。
結果、知らなかった母の壮絶な半生に向き合わざるを得なくなる。

映画は母の過去と、双子が旅をする現在を、交互に描く。
重厚な人間ドラマであると同時に、極上のミステリーでもある。

宗教間対立による内戦と虐殺、閉鎖的な社会の中で異教徒の子を産むもすぐ引き離され、ときに暗殺に加担し捕えられ、それでも生き抜いた母の姿。
それだけで充分ショッキングな現実なのに、もっと恐ろしいある真実が、双子を待っている。

「憎しみの連鎖を断ち切るために、何があってもあなたを愛し続ける」

「憎悪」に彩られた母の半生。
最後にはさらなる絶望に突き落とされようと、母が辿り着いた境地とは……。

二人に託された、祈りにも似た母の信念を、苦しみながらも受けて入れていくのであろうジャンヌとシモンの姿に、激しく心を揺さぶられた。

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フランス語の原題は火事、戦乱、感情の爆発などの意味らしい。
まさに母の一生を指し示すものだろうが、対比するように、随所に出てくるプールや水中のイメージが、安らぎや気づきにも似た深い暗喩を感じさせる。  

映画の冒頭は、まるで牢獄のような荒んだ室内で、頭を丸坊主にされている少年の無表情な姿で始まる。
それが悲劇の幕開けであったと気付くのは、映画のエンディングを迎えたときである。

これだけのスケールのドラマが、元は戯曲であったというのだから驚く。

 

『水玉の女王 草間彌生の全力疾走』

NHKドキュメンタリー『水玉の女王 草間彌生の全力疾走』を観て、日本を代表する世界的芸術家のことを、自分は何も知らなかった、と思った。

83歳とは思えない旺盛な創作活動。
今年は現代美術の殿堂、ロンドンのテート・モダンで大規模な個展が開かれ、またルイ・ヴィトンとのコラボで、世界中のショーウィンドウを飾った。

彼女の評価は日本より世界の方が高いのではないか。
理由の一端が、今回の番組でわかった。

てっきり今もNY在住だと思っていたのだが、1975年に帰国していた。
「ハプニング」という、前衛的な表現形態を批判され、NYを追われるように帰国した草間に、日本のメディアは低俗な誹謗・中傷を浴びせかけ、興味本位で扱った過去があったこと。

メディアはその功罪を償いきれていない後ろめたさから、今も逃げているのではなかろうか。

さらに、不安神経症、強迫神経症を患いながら創作を続ける凄まじいまでの姿を、ある種触れてはいけないものとして、正面から向きあうすべを持っていなかったのだとも思う。

新宿にアトリエを構え、近くにある精神科の病院に40年近く入院したまま、二か所を行き来するだけの生活を続けている事実など、全く知らなかった。

実際、今も自殺の恐怖から逃れられない毎日だと語る。

カメラは初めて、病室に入り、精神安定剤を飲む様子もとらえる。
ごく普通の狭い病室は、作品が数億円で売買されるアーティストとは思えない質素さだ。
並んでいる書物の多くは宇宙や病気に関するもの。

「素晴らしい作家として歴史に名前を残したい」「自分の作品は傑作」などと自画自賛の発言をいとわず、画商とは自ら価格アップの交渉をする。
そこにあるのは、名誉や商業主義ではなく、アーティストとしてしか生きえない、激しい生命の燃焼である。

一枚の絵を早ければ1日で、遅くとも3日で仕上げるという。
キャンバスに向かう姿は、描いているというより、命を削って生き繋いでいるとしか思えない凄みがある。
「神様は自分自身」だと言う。
アートがなければ、とっくの昔に自殺していたと。

最近、世界で人気の商業的な日本人芸術家とは、明らかに一線を画し、生き方、存在そのものがアートである、稀有な芸術家であることは間違いない。
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