想元紳市ブログ

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『別離』

世界中の映画賞を席巻し、傑作との声も多いイラン映画『別離』を渋谷文化村で鑑賞。

テヘランに住む、離婚調停中の一組の夫婦。
11歳の娘のため国外に移住したい妻シミンと、認知症の父親がいるからとそれを拒否する夫ナデル。

夫は、実家に帰った妻に代わって一人の介護ヘルパーを雇う。
ところが、ある出来事で彼女が流産し、責任の所在を巡って、ヘルパー夫婦と法廷で争うことになる。

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「ヒッチコック・タッチで魅せる『羅生門』」と形容した映画評論家もいるが、自分は異なる印象を持った。

確かに、真実がどこにあるかは終盤まで謎のままであるが、いわゆるサスペンスや謎解きにさしたる意味はなく、緊迫感溢れる、生々しい人と人との摩擦で生じる火花そのものにこそ、本作の見どころがあるからだ。

嘘、怒り、保身、プライド、本音と建前、猜疑心など、ときに誰もが持てあます、心に巣くう様々な大人の感情が、複雑に絡み合い、縺れる。
結果、本人の意図せぬところに導かれたり、周囲の大切な人間や、ときに激しく自分自身をも傷つけてしまう、その有様がスリリングに展開するのだ。

物語の背景には、現代イラン社会の歪みや矛盾が横たわっているのは当然で、しかもイスラム教の持つ独特の宗教観なくしてこの結末はないのだが、苦しみ悩み、争う様には、人間の普遍の姿がある。

娘テルメーの存在は、縺れた人間関係を内側から照らす光であるが、それでも最後まで紐解かれることはない。
人の心は、容易く第三者に説明しるものではないという無力感が横たわっているようにも思える。

果たしてテルメーは、離婚する両親のどちらを選ぶのか。
廊下で答えをじっと待つシミンとナデル二人の所在ない姿に、我々は、いつかの自分を重ねてしまうかもしれない。

 

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『アーティスト』

フランス映画『アーティスト』は、映画愛に彩られた、まるで一かけらの宝石のような作品だった。

物語の舞台は、サイレントからトーキーへ移行しようとしているハリウッド。
サイレントの大スターであるジョージの凋落と、反対にスターへとのし上がる若き女優ペピー、そして二人のせつない恋。

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それがモノクロのサイレント映画で描かれる二重構造の斬新さは、見事という他ない。
観ているうちに、映画というものが今とは異なる娯楽であった当時にタイムスリップしたかのように、無邪気で心躍る観客の気分になってくるから不思議だ。

スタッフの芸術的な仕事とキャストの名演はもちろん、音楽の素晴らしさ。
サイレント映画ならではの、台詞の役を担う情緒的な音楽が、少しも古臭くなく、美しく蘇る。

また、愛犬の珍演技や小道具の使い方も秀逸である。
例えば、ジョージのタキシード・ジャケットが、ときに愛を語り、ときに悲しみを語る見事な小道具に変身するシーンには泣かされた。

本作は、同じくサイレント映画へのオマージュであった『ヒューゴの不思議な発明』と今年のアカデミー作品賞を争った。
最新鋭のCGや3D全盛の今の映画界にあって、ノスタルジーではない、ある種の良識と健全さを伺わせる。

階段を駆け下りるジョージと駆け上がるペピーが、途中ですれ違い、会話するシーンは、明らかにその後の二人の残酷な運命を暗示してはいるのだが、続いて見せるペピーの輝くばかりの笑顔に救いがある。
間違いなく、本作のベストシーンの一つだ。

そして向える素晴らしいエンディングには、当時の観客のように、思わず立ち上がって拍手喝采したい気持ちになった。

沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』

今、静かなブームを呼んでいる沼田まほかるの『彼女がその名を知らない鳥たち』。

読む前から、彼女の経歴に興味を持った。

20歳で結婚、34歳で離婚した後、実家の寺を継いで出家し僧侶となる。
44歳のときに友人とコンサルタント会社を設立するが10年あまりで倒産、57歳のときに書いた処女小説がホラーサスペンス大賞を受賞してデビューという、かなり異質な経歴の持ち主である。

物語は、じっとりと湿度高く、どす暗く、執拗に渦巻く感情の吐露が延々と続く。
にも関わらず、ひとたび読みだすと、ページをめくる手を止められない。

主人公は、33歳の十和子。
十和子の視線で、3人の男との関係が綴られる。

捨てられて8年たっても忘れられず、未だ偏執的に想い続けている男、黒崎。
デパートに勤務する水島とは、ふとしたことがきっかけで不倫の関係を持つようになる。
そして、同棲して6年になる、15も年上の陣治。

ある日、黒崎が行方不明になっていることを知り、十和子は、陣治が黒崎を殺害したのではないかと疑い始める。

醜悪で口臭はヤニ臭く、汚い食べ方をし、トイレを小便で汚す下品な男、陣治。
十和子の目を通して描かれる陣治は、読者にすら生理的嫌悪感を抱かせる。

だが、十和子も、常軌を逸した妄想やエゴイストぶりなど、女の心のダークな部分があまりに露骨で、全く共感できる主人公ではない。

そんなふうに、読み進めても一向に好きになれない二人の、実は究極のラブストーリーだったとわかるのは、最後のページを読んだときである。
読み終えた後に残る心の動揺は、有無を言わせぬ、凄まじいまでの愛の形を見せつけられるからだ。

著者へのインタビューに、次の言葉を見つけた。

「自分の作品を振り返ってみると、人間の一瞬の輝きを書きたくて、どろどろとした暗い面ばかりを出してきたのかもしれない。筆力の許す限り、闇の部分を深く、リアルに書きたいと思っています」

読者が最後に圧倒されるのは、400ページ弱を読み進めた後に辿り着く、この一瞬の輝きが、あまりに眩しすぎるからである。


『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』 

『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』は、人種差別という重いテーマを扱っているにも関わらず、随分あっさりした、コミカルなタッチで進む。

作家志望の白人女性スキーターは、周囲が当たりまえのように甘受している、奴隷制度さながらの黒人メイドの扱いに疑問を持ち、彼女たちの生の声を聞いて一冊の本をつくり、世に問いたいと考える。

それに答えるのが、メイドのエイブリーンとミニーだ。
対照的な性格の二人は、発言することがいかに危険なことかを承知しつつ、勇気を持つに至る。

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とは言っても、反人種差別を声高に訴えることが目的の映画ではない。

根深い差別が生きていた60年代の南部ミシシッピ州ジャクソンで、自尊に目覚めた女たちの、自立の物語なのだ。

よって、黒人だけの問題ではない。
まず、周囲の反対を押し切って本を書こうとするスキーターの決心があり、また、美人だが不器用で風変りな女であるがゆえに周囲の白人コミュニティーから排除されている女性シーリアにも目覚めが起る。

何より、ガチガチの差別論者であり、ときに汚い手を使って黒人を貶める、ネガティブな主役ともいえる白人女性ヒリーの開眼こそ、物語の鍵である。
終盤、それまで従順で寡黙だったメイドのエイブリーンから、ついに一言で心の闇を突かれ、茫然自失になるシーンは、本作最大の見どころだ。

物語を紡ぐ主な登場人物はほとんど女。

監督のテイト・テイラーは俳優でもある二枚目で、本作が二作目の監督作品。
前作”Pretty Ugly People”が日本未公開なのは残念だが、どうやら太った女の話らしい。

映画の題材からわかる通り、彼はゲイである。

 

飛鳥高『細い赤い糸』

飛鳥高著『細い赤い糸』は、古く昭和37年の探偵作家クラブ賞を受賞した、ミステリーの隠れた名作だ。

4つの短編から構成され、それぞれで全く別の殺人が描かれる。
汚職発覚を恐れる公団に勤める男、仲間と強盗事件を起こす若者、恋人の結婚話を妨害しようとするOL、院長争いに巻き込まれる医師。

共通点は、4人の殺害方法だけ。
それが最後に一本の糸で繋がるトリックは、鮮やかというほかない。
おそらく読者は、その瞬間まで、真犯人を見つけることは難しいだろう。

綿密に練り上げられた構成はもちろん、世の中は決して劇的なものでも、ましてや打ち上げ花火のように緻密に計算されたものでもないという、著者の冷めた人生観が根底にある。

道を歩いている大勢の人を見て、一人の刑事が呟く。

「その一人一人が、今何の用事で歩いているのかとても分かりはしない。暇つぶしに歩いてる者もいるだろう。しかし中には、のっぴきならない運命を背負って歩いてる者もいるだろう。とても、みんなは分からないよ」

「大体ね、こういう生活をしていると偶然の持つファクターの方が多いよ。人の運命を左右するのはね」

本作が辿り着く場所は、そんな偶然のもたらした闇である。

読了し、再び第一章「谷間の人達」に戻ると、冒頭に見事なほど物語のテーマと結末を暗示している文章が置かれていたことに、愕然とする。

「日が少し長くなっていた。
駅の巨大なコンクリートの庇の下へ向って、勤め帰りの人の群れが、よく訓練された動物のように、四方の歩道から、信号のある所を横切って、集り流れこんでいた」

最近散見する、映画化やドラマ化目的の量産作家によるスカスカのミステリーとは、明らかに異次元の味わいがあった。


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