想元紳市ブログ

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野地秩嘉『日本のおかま第一号』

野地秩嘉のノンフィクションは、六本木の伝説的レストランを書いた『キャンティ物語』を、以前読んだことがある。
本書は、サービス業にたずさわる名もなきプロフェッショナルたちの半生を追ったもの。

キャピトル東急の靴磨き、サントリーのウィスキー・ブレンダー、ロールスロイスのトップセールスマン、新宿のキャバレー「クラブハイツ」のナンバー1ホステスなど、全九編。

表題作は日本で初めての本格的ゲイバー「やなぎ」をオープンしたお島さんのこと。

『日本のおかま第一号』というタイトルは少々誤解を招くが、ゲイなら「やなぎ」の名前ぐらいは聞いたことがあるかもしれない。

お島さんこと島田正雄は大正8年千葉の銚子生まれ。
中国で軍隊生活を送り、戦後まもなく、新橋烏森神社の境内にカレーとカツ丼を出すバー「やなぎ」をオープンする。
やがて、進駐軍のゲイ将校たちで盛況となり、人手が足らずに雇った二人の美青年が青江忠一と吉野寿男。
知る人ぞ知る、のちの青江ママと吉野ママである。
二人は独立して、銀座にそれぞれゲイバーを開き、やがて「やなぎ」も満を持して銀座八丁目に移転したのが昭和30年。

自分は、この時代のゲイバーのありように、憧憬のようなものを抱いている。

どこか秘密めいた隠れ家的な雰囲気が漂い、ゲイのみならず、当時の最先端の知識人や国内外のスターたちが隠密に足を運んだというが、おそらく、大人の、濃密な遊びが繰り広げられていたに違いない。

三島由紀夫が常連で、美輪明宏や野坂昭如がボーイとして働いていた銀座の伝説的カフェ「ブランスウィッグ」などは、究極の憧れだ。

平成元年、「やなぎ」がお島さんの病気で閉店するときのパーティーには、京マチ子らも駆けつけたという。

間違いなく、時代の文化の一端を担っていた。

その後のお島さんは、故郷の銚子で姪夫婦の世話を受けて晩年を過ごした。
亡くなったのは、平成8年、享年77歳。

生前、著者は直接話を聞こうと銚子に足を運んだそうだが、化粧をしていない顔を見せたくないという理由でついに会えなかったのだという。
そこで、お島さんの甥にあたる男性に質問した。

「家を出ていったおかまのおじさんをどうしてここまで面倒を見てあげるのですか?」

それに対する甥の言葉には、心を打たれる。

若い頃から、親族への金銭的援助や故郷への寄付を惜しまなかった、お島さんの別の顔が見えてくる。

 
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『セルロイド・クローゼット』

LGBTがハリウッド映画の中でいかに描かれてきたかをまとめたドキュメンタリー『セルロイド・クローゼット』。
観るのはこれで3度めだ。

カムアウトしている女優リリー・トムリンによるナレーションは、冒頭こう始まる。

「映画100年の歴史の中で、同性愛が描かれた例はごくまれです。登場しても物笑いの種だったり、哀れみや恐怖の対象でした。でも束の間の映像は忘れ難く、影響は後まで残りました。神話の作り手ハリウッドは、ストレートの人々にゲイをどう見るべきか、ゲイの人々には自らをどう考えるべきかを教え込みました。誰もその影響から逃れることはできません」

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「シシー」という自虐的なキャラクターとして色物的に扱われた時代から、検閲を逃れるため故意に覆い隠して描いた時代。
脇役の一人として登場し始めると、その反発から、死に追いやられるべき恐怖の対象になる。
やがて、普通の生身の人間として、さらにセクシュアリティーに関係なく人間と人間の深いつながりの一つという見方に辿り着くまで。

当時の脚本家や監督、俳優が登場し、裏話や背景を語る。

興味深かったのは、脚本を担当したゴア・ヴィダルが語る『ベン・ハー』の裏話だ。
主役のベン・ハーとメッサーラの関係に同性愛を暗示させる仕掛けをしたこと。
メッサーラを演じたスティーブン・ボイドにだけそれを告げ、演じさせた。

また『メーキング・ラブ』が公開当時いかに衝撃的だったかということ。
公開初日の映画館で、ついに主人公の二人が肌を重ねるシーンでは、多くの観客が席を立ち、通路に殺到したらしい。

終盤の、LGBTによる数々のラブシーンを編集した部分は、さながら『ニュー・シネマ・パラダイス』のあの名シーンとそっくりだ。

あまり指摘されることはないが、音楽が秀逸である。
エンドクレジットに流れる、K.D.ラングの『シークレット・ラブ』は、共同プロデューサーでもあるリリー・トムリンが彼女に依頼したのだという。

1995年の製作だから、既に15年以上前ということになる。
2007年には『ヒストリー・オブ・ゲイシネマ(Here's Looking At You, Boy)』という同様のドキュメンタリーがヨーロッパで製作されているが、残念ながら自分は見逃している。

その後の『ブロークバック・マウンテン』『シングルマン』『エンジェルス・イン・アメリカ』などの登場をどう読み説くか、さらには、日本映画におけるLGBTの描かれ方なども知りたいと思う。

劇中、シャーリー・マクレーンの印象的な言葉がある。

「観客はいつも先を進んでいます」

今もその状況は変わっていない。

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『キッズ・オールライト』

アネット・ベニングとジュリアン・ムーアという演技派女優二人が、レズビアン・マザーを演じた『キッズ・オールライト』。

アネット演じるニックとジュリアン演じるジュールズは、長年連れ添った中年のレズビアン・カップル。
18歳の娘と15歳の息子は、精子バンクを利用してもうけた子供だ。
その子供たちが、ちょっとした好奇心から、精子提供者の父親ポールと会うことになったことから、4人の関係がぎくしゃくし始める。

そして、ジュールズとポールが関係を持ってしまうことで、家族はついにバラバラになる。

「ポールは事実上の父親であり、不倫にはあたらない」というある人の感想には正直驚いた。
むしろ、ニックは、それゆえに一層苦しんだと思う。
既成の枠組みを乗り越え、今まで必死に作り上げてきた自分の家族が、血のつながる者によってあっさりと破壊されようとしていること。

家族というものを、当たり前のように手に入るものだと思っている人には、なかなかこの映画の根底にある寂しさや孤独というものを理解することはできないだろう。

ニックが、必死に守ろうとする家族。
それは覚悟や闘いの末、やっと手にしたものである。

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物語の設定自体は、ゲイからすると、近くて遠い。
しかし、描かれているテーマは普遍的であり、同時に、性的マイノリティーならではの心打つものもある。

ただ、本作、当のレズビアンからは甚だ不評らしい。
まず、ジュールズがポールと寝てしまうこと、そして、ゲイポルノを見ながら二人がセックスするといったディテールがレズビアンとしてあり得ないということらしい。

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俳優陣は、みな好演。
とりわけアネット・ベニングの素晴らしさは、『ブラック・スワン』のナタリー・ポートマンと主演女優賞を争っただけのことはある。

マーク・ラファロ演じたポールに、一切の救いがないのが、残酷だ。


ポーリン・ケイル『映画辛口案内』

このブログでは、悪口だけの文章を書かないことを、自分なりのルールにしている。
賢明な判断だったと思う。
本書を読むと、批判の文章こそ、より高尚で知的なセンスが要求され、深い知識と教養に裏付けられている必要があることに、気づかされる。

ポーリン・ケイルはアメリカの有名映画評論家で、2001年に亡くなるまで、最も影響力のある批評家の一人だった。
本書は、1983年から85年に雑誌ニューヨーカーに発表した映画レビューを集めたものである。

タイトル通り、どんな名画であろうと、演技派俳優であろうと、気に入らないものは容赦なく批判し、逆に低俗な娯楽映画であろうと、いいものは躊躇なく誉める。

その辛辣さは、独特の毒を持っていて、読み物としても絶品のおもしろさだ。

例えば、『シルクウッド』のメリル・ストリープの演技については、「『ディア・ハンター』で脇役を演じた彼女は、とりわけ印象的だった。しかし、主役を演じるとき、彼女はわれわれに人工的な製作物を与え続ける」と、その本質を突く。

愛と追憶の日々』でシャーリー・マクレーン演じたオーロラについても手厳しい。

「オーロラは少々頭がおかしい。(中略)べつにシャーリー・マクレーンの演技をけなしているわけではない。この役には、これ以外の演じかたがあるとは思えない。オーロラはギャグを生み出すための、困りものの妖精でしかないのだから」

『恋におちて』のデ・ニーロとストリープに関しては、「このふたりのスターには、フランクとモリーという名は要らなかった。おたがいを、虚無と虚無と呼びあえばよかった」と、中身のない主人公二人を論う。

唯一取り上げられている日本映画は市川崑の『細雪』。

「市川は瞬間をとらえようとしてはいない。むしろ、瞬間の過ぎさる跡をとらえようとしている」と指摘し、「この映画は原作より『鍵』のような谷崎の他の小説に近い」と博識の深さはただならぬものを感じさせる。

不思議なのは、ひどい毒舌で否定されている映画でも、彼女のレビューを読んだあとは、なぜかその映画を観て、自らの目で確認したくなる点だ。

彼女はときとして「私の好きな欠点は」という言い方をする。

どんなに辛辣に書こうと、そこには映画に対する深い愛が込められているのである。

これぞ、本物の映画評論家の持つ、プロの腕前以外の何物でもないだろう。


団鬼六『最後の愛人』

先日亡くなった団鬼六と言えば、SM官能小説の大家だが、自分が唯一読んだことがあるのは『最後の愛人』。

自殺した24歳の愛人さくらのことを綴った、団の珍しい私小説である。

キャバクラで働くさくらと出逢ったとき、団は既に70歳を越えていた。
老齢のため完全に性的不能で、肉体関係は皆無ながら、若いさくらをのめり込むように愛する団。
彼女を外見的にも内面的にも美しく、いい女に仕上げることだけに快感を感じ、好きな男ができて嫁に行くときには仲人をする、とまで言ってさくらを悲しませる。

50歳以上歳の離れた男と女のプラトニックな恋愛である。

しかし、そんなさくらがある日突然、縊死を遂げる。

「五十代のような一本調子の悲嘆ではなく、七十代は怒涛のような悲嘆に暮れるのである」

団は、取り残された喪失と愛惜の日々を送る。

官能と快楽、放蕩の限りをつくしてきたであろう男が、老醜の中で辿り着いた境地というのが、このように美しく、純粋なものであることに、自分はある種の希望すら感じる。

そして、見事な純愛小説だと思った。

さくらが自殺した夜に見た夢は、さくらと初めて交わる性夢だった。

「さくらが霊魂となって私にやらせてくれたなど、我ながら何という浅ましい妄想が生じるのか。所詮、ポルノ作家というものはこういうものかと情けなく自分を意識したのである」

団鬼六は亡くなる直前までブログを続け、最後の記事は、4月18日、大震災のことを綴った文章である。

少し長いが引用する。

「命しかない。けれど、命がある。これが希望である。この震災で多く尊い命を失ったがここにある命はそして経験は脈々と受け継がれ大河となるだろう。希望を絶やしてはいけない。(中略)こんなときだからこそ、楽しさがなければいけない。楽しさは生きる喜びであり、希望に繋がる、と快楽主義者の私は思うのである。生きていることを実感し、共に同じひとときを分かち合うことが出来る喜びを味わおうではないかと思う。下を向いているばかりでは何も始まらない。東北にもこれから桜が咲くだろう。どんなに寒い冬でも必ず春が来るように、必ず桜は咲くように、どんなに辛い時でも、必ず日は昇る。津波や、放射能に侵された地にもやがて鳥が種を運び、花を咲かすだろう」

桜のことを記すとき、福島出身でもあった愛人さくらのことが頭をよぎったのではないだろうか。