想元紳市ブログ

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『逢びき』

1945年のイギリス映画『逢びき』は、カンヌの第一回グランプリ作品である。
今となっては主演の二人より、監督デヴィッド・リーンと脚本ノエル・カワードの方が有名だろう。

ソフィア・ローレンとリチャード・バートンのリメイクは観たことがあっても、オリジナルは初めてだった。
言うまでもなく、デ・ニーロとメリル・ストリープの『恋におちて』も、本作が元ネタである。

ストーリーは単純明快、お互いに家庭のある男女の、W不倫の話だ。
鉄道の駅と構内にあるバーを主な舞台に、二人がひとときの恋愛に燃え上がる。

いかにもメロドラマ風の古臭さを差し置いたとしても、なんともいえない上質な情感がある。
主人公のモノローグと回想、という古典的パターンが、妙にしっくりと収まる。

ラスト、男と別れて帰宅し呆然としている妻を見て、夫がいう。

「どうした?まるで悲しい夢を見ていたようだ。遠くへ旅をしてたんだね。よく戻ってきた」

それを聞いた妻は、夫の胸に泣き崩れる。
もしかして夫は全てを知っていたのかもしれない。
分別と優しさに満ちた大人の台詞が、本作を一級品にした。

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原題は”Brief Encounter”。
なんと美しい響きだろう。
邦題も見事だ。

このタイトルで真っ先に思いだすのは、ロンドンのセント・マーティンにあった同名のゲイバーである。
20数年前、ロンドンのゲイで知らぬ者はいない有名バーだった。
平日の夕方、仕事帰りに一杯飲むためにふらっと立ち寄る店。
1Fと地下1Fの2フロアあったが、それほど広くもなく、ピーク時には店の外まで人があふれていた。

真隣にはアート系の映画館があった。
そこで黒澤明の『夢』や市川崑の『細雪』を観た記憶がある。

5年ほど前、久しぶりに訪ねた自分が見たのは、真新しいガラス張りのビルだった。


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『ずっとあなたを愛してる』

2008年のフランス映画。
主演は、クリスティン・スコット・トーマス。
有名小説家の初監督作品にして、ヨーロッパで数々の賞を受賞した傑作だとは知らずに観始め、驚いた。

激しく心をゆさぶられ、観終わった今も、様々な感情に動揺している。

人が耐えうる絶望について、喪失からの再生について――。

我が子を殺した罪で15年の服役を終え、出所してきたジュリエットを妹のレアが迎え入れる。
殺人の動機は最後に明らかになるが、そもそもそれはこの映画のテーマではない。

ジュリエットは言う。

「出所の日を告げられてからの数週間が一番苦しかった」

裁判ではなんの反論もせずに無言を通し、刑を受け入れたジュリエット。
彼女にとっては15年の服役が、死なずに生きていける唯一の道だったのではないかと思える。

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ジュリエットと関わる、二人の孤独な男が心に残る。

ひとりは、10年前に妻を交通事故で失くした大学教師。
もうひとりは、離婚したせいで、幼い娘と離れて暮らす警官。

酔っぱらった知人に執拗に過去を詮索されるジュリエットを見つめる、大学教師のせつない瞳が胸が苦しくさせる。

また、オリノコ川に旅するのが夢だという警官が言う。

「オリノコ川は2500キロもある大河、この川が神秘的なのはどれだけ探しても水源が見つからないこと。いくつか湧水があるが、どれも本当の水源ではない」

それに対するジュリエットの答えはこうだ。

「世の中、未知のものはたくさんある」

人の真の姿も、まさに探しても見つからない水源のようなものではないか。

この二人の男は、全く正反対の道を選ぶことになる。

エンドクレジットに流れる素朴なシャンソンは、まるでジュリエットの死んだ息子が歌っているように、自分には思える。


野呂邦暢『夕暮の緑の光』

1980年に42歳の若さでこの世を去った芥川賞作家、野呂邦暢の随筆選集である。

野呂は、言わずと知れた随筆の名手。
「野呂邦暢の本、高く買います」と掲げているネット古書店のサイトもあるそうで、過去の随筆集は高値がつき、極めて入手が困難だそう。

今年発行された本書は、三冊の随筆集から選りすぐったものに、未発表の数編を加えたものだ。

端正とは、まさにこういう文章を指すのだろう。
透明で、叙情的な世界に一気に引き込まれた。

『一枚の写真から』では、故郷長崎の写真を目にしたことで原爆の投下と戦後の記憶が甦り、そこから、なぜ小説を書くに至ったのかという思索に及ぶ。

「なんであれ絶ちがたい愛着というもののない所に小説が成立するはずはない。愛着とは私についていえば私の失ったもの全部ということになる。町、少年時代、家庭、友人たち。生きるということはこれらのものを絶えず失いつづけることのように思われてならない」

表題作『夕暮の緑の光』も好きな一編だ。

「優れた芸術に接して、思いを語る友が身近にいないという欠乏感が日々深まるにつれて私は書くことを真剣に考えた。分かりきった事だが、書きたいという欲求と現実に一編の小説を書きあげる事との間には溝がある。それを越えるには私の場合、充分に磨きのかかったやりきれなさが必要であった」

選者は、野呂を梶井基次郎と近い資質を持っていたと評している。


『理想の恋人.com』

たまたまテレビで観た『理想の恋人.com』は、中年の男女の恋を品よく描き、好感がもてた。

軽いタッチのロマンチック・コメディーでありながら、キャストはなんとも豪華。
これだけ達者な役者がそろえば、駄作になるはずがない。

主演はダイアン・レインとジョン・キューザック。
父親がクリストファー・プラマー、姉が『ビッグ』のエリザベス・パーキンス、父親の恋人が『グリース』のストッカード・チャニング。

離婚の痛手を引きずる30代後半の女性サラと、同じ状況の男性ジェイクが、出会い系サイトで知りあう。

2回目のデートで、ジェイクがさらりと言う言葉がいい。

「僕は離婚したばかりだ。心から愛した人に傷つけられた。でも、これは糧になる。乗り越えるべき試練なんだ。悲しみや苦痛を味わうことで、人の心はより広く豊かになる。次は前よりもっと素晴らしい恋愛ができると思う」

また、年老いた父親とその恋人の関係が実に味わい深いのだ。

プレイボーイのような恋多き父親に、どうして一人の女性と真剣に付き合えないのかとサラは苦言を呈す。
それに対する、父親の答えが泣かせる。

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ダイアン・レインは好きな女優の一人である。
同世代であり、デビュー作『リトル・ロマンス』の頃からからライブで観てきた。
子役から、上手に成熟した知的な女性に成長したと思うのだが、これという役柄に恵まれていないようで、それが残念である。

 

『ハート・ロッカー』

本年度のアカデミー最優秀作品賞。

『ハート・ロッカー』とは米軍のスラングで「苦痛の極限地帯」「棺桶」を意味するという。

バグダッドで、爆発物処理にあたる米軍特殊部隊の日々。
たいしたドラマも、複雑な人間関係もない。
ただひたすら、危険な作業の様子と兵士の日常が、ハンドカメラでドキュメンタリーのように撮影される。

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計算された構成、極限の緊迫感を捉えたカメラワークなど、これまでなかった力の籠った意欲作であることは確かだ。

ただ、観終わってまず考えたことは、何故これが『アバター』など超大作の本命をおさえ、作品賞に選ばれたのか、という事実である。

全ては、最後の10分にあると自分は思う。

一時帰国し、妻子と過ごす、一見したところ穏やかで平和な時間。
しかし、精巧な爆撃装置から発火線を見つけることはできても、スーパーに並んだ大量のシリアルから一種類を選ぶことすらできない。
キッチンで料理しながら、一方的に戦場の話を続ける夫と、それを無視する妻。

そして、夫はまた戦場に旅立つ。
映画の冒頭に戻るかのような長いループがまた始まる。

この10分の、平穏な日常を捉えた映像が、それ以外の長い戦場のシーンに、ある一つの意味を与える。

観終わったあとの、妙な心の動揺はいったい何ゆえだろう。