想元紳市ブログ

2009年12月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2010年02月
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2010年01月
ARCHIVE ≫ 2010年01月
       次ページ ≫

≪ 前月 |  2010年01月  | 翌月 ≫

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments(-) | Trackbacks(-)

井田真木子『小蓮の恋人』・永沢光雄『声をなくして』

井田真木子著『小蓮の恋人』読んだ。
日本に生きる中国残留孤児二世の若者とその家族を追いかけたルポタージュ。
1992年に講談社ノンフィクション賞を受賞した、彼女の代表作のひとつだ。

学者や専門家の書く、頭でっかちのノンフィクションは好まないが、彼女の書くものには、根底に人間に対する温かなまなざしがある。
一緒に悩み、共感しながら、対象の内面にどんどん入り込んでいく手法は、ノンフィクションの王道だと思う。

また、彼女のルポと言えば、『もうひとつの青春ー同性愛者たち』も欠かせない。
数年前この本に出会い、彼女のことをいろいろ調べるうちに、2001年に44歳の若さで急逝されていたことを知った。

対象に入り込み、忍耐強く追い求めていく仕事の進め方が、彼女を体力的にも限界まで追い詰めたのではないか。

ゲイと少なからず関係があるライターと言えば、永沢光雄。

新宿二丁目のマンションに妻と二人で住み、行きつけのゲイバーに通い、浴びるように酒を飲む無頼派のような人だった。
なんといってもAV女優へのインタビューを集めた『AV女優』で有名だが、晩年は咽頭がんで声帯を失い、アルコール中毒と鬱病に苦しみながら、2006年に亡くなった。

その頃書かれた『声をなくして』は、壮絶だが、感動的だ。

ノンフィクション作家に最も必要な資質は、「人間が好き」ということにつきると思う。
今は亡き二人の本を読むと、痛切にそう思う。

   
スポンサーサイト

佐藤洋二郎『ミセス順』

佐藤洋二郎の短編『ミセス順』を読んだ。

表紙に描かれた、どことなく女々しい男の後姿からわかる通り、ミセス順は主人公の親戚である「おとこおんな」の男性だ。

15歳のとき、田舎を飛び出し、東京に出た「わたし」が、35年ぶりに故郷に帰る。
ミセス順に会って、あることを確かめるために……。

田舎町の好奇な視線など意に介さず、派手な格好と化粧で普通に暮らしていたミセス順。
「わたし」が田舎を出る日、ミセス順は駅のホームで一冊の本をくれ、それは人生の大事な宝物となった。
なのにずっとミセス順を避け続けてきた「わたし」。

故郷の老人ホームでの再会。
年老いたミセス順が、「わたし」に言う。

「結局、ひとり、ひとり、でもひとりなのよね。人間はいくら助け合ってもひとりということなの。人が集まっても、ひとり。集まれば集まるほど、ひとり。だったらひとりのほうがいいでしょう? そういうことだけはわかったわ。いまの命が終わっても、すぐに別の物に生まれ変わるでしょう?わたしはまた、いまとおなじように生まれ変わりたいわ。今度は堂々と生きてみたい。極楽浄土なんか決していかないわ」

この短編を読んで、唐突に思い出したのは、数年前観た『ヨコハマメリー』という映画だ。

横浜の人なら知らぬ人はいないという、白塗の厚化粧をし、ドレスを纏ったホームレスの老女メリーさんを追ったドキュメンタリーである。

メリーさんは、進駐軍相手の娼婦だった。

そして、映画のもう一人の主役が、永登元次郎さん。
お化粧をし、明らかにこちらの側の人だとわかる永登さんは、場末のシャンソン歌手だ。
猫と暮らし、メリーさんと交流のあった数少ない友人の一人だった。

映画は、横浜から姿を消したメリーさんが、ある地方の老人ホームにいることが判明し、永登さんが訪ねて再会するシーンで幕を閉じる。

永登さんは、インタビューの中で、ミセス順とまさに同様の話をしていた気がする。

ちなみに、映画の撮影の後まもなく、お二人とも相次いで亡くなってしまわれたらしい。

 

『マジック・キッチン』

香港映画『マジック・キッチン』。
テレビで放送していたものを、軽い気分で観始めたら、都会的な品のいいロマンチックコメディーで楽しめた。

1245617988774.jpg

母から譲り受けた小さなレストランを経営する独身女性、女友達二人、レストランのイケメン従業員、再会した元彼など、よくある複数の男女が入り乱れるドタバタ騒動だ。
作りも、男女3組の香港版SEX AND THE CITYといったところか。

劇中出てくるカエルとサソリの寓話は『クライングゲーム』に既出であるし、全体にワンパターン感も拭えないが、しゃれた台詞とテンポの良さが心地よく、さして気にならない。

また、ちょっとした脇役がなかなか豪華だ。

元彼はアンディ・ラウ、親友の彼氏に『世界の涯てに』のマイケル・ウォン。
上階に住む中年脚本家が『インファナル・アフェア』のアンソニー・ウォン。

バーで言い寄ってくるスティーヴン・フォンと、バレーボールのあとナンパしてくるダニエル・ウーは、『美少年の恋』で悲劇のゲイカップルを演じた二人である。

レストランの若い従業員を演じたジェリー・イェンは台湾の有名アイドルで、これが初の映画出演らしい。
本作でも、しみじみとした主題歌を歌う。

物語の舞台は香港と東京。
お台場や新宿の街で、事件や諍いが勃発する。

日本のアイドル映画やドラマも、せめてこの水準の完成度があればいいのだが。

野崎歓『香港映画の街角』

香港映画を偏愛する著者が、恋愛、黒社会、家族といったテーマ別に、独自の視点から分析した本。
いかにも大学の助教授らしい映画評は、正直好みではなかったが、いくつか興味深い箇所もあった。

例えば、「ビルの屋上にとりつかれた香港映画」という切り口。

2003年、レスリー・チャンの飛び降り自殺を象徴的な事件とし、多くの映画の中で屋上が重要な場所になっていると分析する。

「高層建築によってほとんど隙間なく埋め尽くされた現在の香港という都市が、垂直性への強靭な意志に支えられている」

香港(中華系)映画のホモセクシャルな要素を紐解いた章もある。

引用する映画は、『金枝玉葉』『美少年の恋』『ブエノスアイレス』、中国の『東宮西宮』、台湾の『河』、『男相女相』『ホールド・ユー・タイト』『藍宇』など。

しかし、『藍宇』についての説明は、甚だ疑問だ。

「死別のテーマに加えて、フー・ジュンの性的貪欲さ、リウ・イエが体現する無垢、貧困のうちにあっても失われない誇り高さが存分に描き出され、さらには全裸の恋人同士が営む愛の行為のいっさいがなまなましい感触とともに映し出されるのだから、いわばここに香港映画がとらえようとしてきた現代的な恋愛のあり方のすべてがあり、しかもそれに加えて激しい肉体のエロスが噴出しているのだ」

自分は、全くそんなふうには思わなかった。



『東宮西宮 インペリアル・パレス』

「東宮西宮」とは北京の紫禁城脇にある公園のハッテントイレのこと。
つまり、同性愛者がその場限りの相手を物色する場所である。

同性愛を題材にした1996年の本作は、主演の胡軍がイタリアの映画祭で主演男優賞をとり、国際的評価を得たにも関わらず、中国本土では長いこと上映禁止になった。

1280x720-Ezv_convert_20160125111116.jpg

ハッテン公園で摘発したゲイの青年の尋問をする、若く傲慢な警官。
ところが、青年の生い立ち、同性愛の遍歴を聞いているうちに、いつしか彼に惹かれはじめる。
一方、青年の側も、警官の内面に本人も知らぬ同性愛の資質が隠れていることに気づいてしまう。

警官はいう。

「どうして、公衆の中にいて、相手がゲイだとわかるのだ」

青年は答える。

「目でわかる。目を見ればわかる」

次第に、自分自身を見失い翻弄されていく警官に対し、己の生き方に誇りを持つ青年の強さが、立場を逆転させていく。

長い一夜が明け、絶望し去っていく警官の後姿を、一段高いところから見下ろす青年の顔には眩しい朝日があたる。

胡軍目当てで観た映画だったが、思いのほか、奥深く意味深な佳作だった。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。