想元紳市ブログ

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『レナードの朝』

原題”AWAKENINGS”(目覚め)は、本作のテーマを端的に表現している。

ロビン・ウィリアムス演じるセイヤー医師の努力により、眠り病で30年間昏睡状態だった患者たちが一時的な目覚めを体験するという、実話の映画化である。

しかし、30年もの空白が患者にもたらす過酷な現実。
目覚めが、本当に患者にとってよかったのかと医師は苦しむ。

ロバート・デ・ニーロ演じる患者の一人、レナード。
目覚めと同時に、いつの間にか中年になっていた自分に戸惑う。
ポーラという女性に生まれて初めて恋心を抱きながらも、病気の再発の予兆に苦しむ。

病院の白いカフェテリアで、別れを切り出したレナードの硬直する手をとり、無言で優しくダンスを始めるポーラ。
哀しく流れるピアノの調べ”Dexter's Tune”。
映画史に残る、最も美しいダンスシーンの一つだ。

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この後、レナードが、隔離された病院の鉄格子の窓から去っていくポーラを見送る姿は、涙なくして観ることができない。

やがて、セイヤー医師の努力の甲斐なく、患者たちは再び昏睡状態に戻っていく。

元気だったころのレナードの8ミリフィルムを見ながら、セイヤーが看護師のエレノアにつぶやく。

「彼は僕のことを優しい男だと言ってくれた。でも、命を与えて、再びそれを取り去ってしまうことが優しさだといえるだろうか」

それに対する、エレノアの言葉が胸を打つ。

「命というものは、私たちすべての人間に与えられ、取り去られるものじゃないですか?」

苦悩するセイヤーを傍で温かく見守るエレノアを演じたジュリー・カヴナーがいい。

この映画には三つの目覚めがある。

患者の覚醒、内向的だったセイヤー医師の目覚め、そして、映画を観た人の心の中に生まれる目覚めである。

 
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『没後20年 向田邦子が秘めたもの』

2001年に放映されたドキュメンタリー『没後20年 向田邦子が秘めたもの』の再放送を観た。

生涯独身を続け、1981年に飛行機事故で亡くなった向田には、実は秘められた恋があったというもの。

没後20年、妹の和子が、遺品として発見された数通の恋文と相手の男性の日記をはじめて公開。
『向田邦子の恋文』として出版された。

番組では、男性が急死するまでの10年あまりと、その数年後に亡くなった父親との関係を、向田がその後のシナリオや小説に、いかに昇華させていったかを丁寧に解き明かし、見ごたえがあった。

家族や親友すら、二人の関係を知らなかった。
不倫だったからである。

妹の和子は、男性が亡くなった日だと思われる邦子の様子を鮮明に思い出す。

夜中、トイレに起きたら、部屋で引き出しに手をかけたまま、放心状態で床に座り込んで動かない、今まで見たことない姉の姿が見えた。大丈夫? とかそういうふうに声をかけられるのは、その人に余裕とか隙があるとき。本当に憔悴しきってる状態を見たときには、そっとしておいてあげるのが精いっぱいだった。今考えると、それが、彼の亡くなった夜だと思うと。

向田には若いころ撮影されたたくさんのポートレイト写真が残っていって、それまで謎とされていた。
どれも女優のように美しく、幸せに輝いた写真である。
それらは、カメラマンだった恋人が撮影したものだったことが、今回の公表でわかったという。

公表については、賛否両論があった。
しかし、欠けていたジグソーパズルの1ピースがこれで埋まったという向田ファンも多い。

『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』は子供ながら大好きなドラマだった。
晩年にも『阿修羅のごとく』という、日本のドラマ史に残る、傑作がある。

番組中、演出家の和田勉は、今も多くのドラマが制作されているが、向田邦子の脚本を超えるものはまだ出ていない、と断言していた。


『ながらえば』 

山田太一脚本、笠智衆主演の名作ドラマ『ながらえば』。
製作は1982年。

長年連れ添った老夫婦の愛情に、何度観ても涙を堪えることができない。

息子の転勤に伴い、病気で入院している老妻を名古屋に残して富山に引っ越す笠智衆。
しかし、引越して二日とたたないうちに、妻のことが心配で、いてもたってもいられなくなる。
息子夫婦の反対を強引に振り切って、着の身着のまま電車に飛び乗る。
もちろん名古屋までの切符代もなく、途中、山奥の小さな旅館で足止めをくう。

宇野重吉演じる年老いた旅館の主の妻が、その夜亡くなる。
二人の名優が、日本酒を飲みながらしみじみと語りあう場面は、ドラマ史に残る名シーンだ。

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宇野が笠を前に、しみじみと呟くひと言。

「仏があんたはんを、うちへ泊めたのかもしれん。明日、しっかり逢うて、ええこと、言うてあげて下はれ」

それを聞いて笠は、畳にひれ伏して泣き崩れるのである。

翌朝、ようやく名古屋にたどりつき、病室の妻を訪れた笠は、子供のように泣きじゃくって、ついに重い口を開く。

笠智衆を見ていると亡くなった祖父を思い出す。
外見も、声も、仕草も祖父とよく似ていた。
同様に感じる人も多いはずで、これが笠智衆という役者の素晴らしさだろう。
寡黙で、まっすぐで、不器用な「日本の祖父」だ。

山田太一と笠智衆のコンビでは、他にも『今朝の秋』『冬構え』といった名作ドラマがある。

 

越路吹雪・岩谷時子『夢の中に君がいる』

越路吹雪に関する2冊の本を続けて読んだ。

一冊は、親友でありマネージャーも務めた岩谷時子が、越路没後3年に記した『愛と哀しみのルフラン』。
もう一冊は、その後、1999年に共著の形で編纂された『夢の中に君がいる』。

前者は、半分が越路との思い出を語った随筆集だ。

作詞家としても多くのヒット曲を持つ岩谷時子。
さすが、向田邦子を思わせる文章のうまさに舌を巻く。
特に、越路の死を綴った箇所には胸が詰まった。

『夢の中に君がいる』は、越路の20代の頃の旅日記や手紙を中心に、岩谷が解説的にエッセイを添えたもの。

パリでエディット・ピアフのリサイタルを見た日、「夜、ひとりで泣く。悲しい、淋しい、私には何もない。私は負けた」と記す越路。

浪費についても「この年齢で、このパリにいる私は二度とないんですもの、得られるものは、見るもの聞くものすべて欲しいのよ」と、潔いまで貪欲さを見せる。

ブラジルに向かう飛行機の中で同行の新珠三千代に言う。
「日本人じゃとて、負けちゃいけねえ、はりきろうぜ」
着物を着てくればよかったという新珠に、「そんなこたあねえ、洋服も着るというところを見せにぁ」と言い放つ。
実際、越路は、海外ではどんなに足が痛くともハイヒールをはき、洋服の着こなしとセンスは抜群だったという。

越路のリサイタルをずっと演出していたのが、劇団四季の浅利慶太だ。

「彼女は舞台の上では、捨て身の人でした。(中略)芸人としての生き方で戦後一番素晴らしかったのは越路さん。現代はゼロ、いないですね」

捨て身とは、なんともすごい褒め言葉である。

越路の半生はこれまで何度もドラマ化されていている。
TVで越路を演じたのは大地真央、天海祐希ら。
『ごめんねコーちゃん』というタイトルで、岩谷時子を主人公にしたドラマもあったようだ。
最近も舞台で、ピーターと高畑淳子が二人を演じている。

しかし、なんだかどれもあまり観たいとは思えぬキャスティングである。
それだけ越路が、代替の効かない、唯一無二の存在だということの証だろう。

 

『イン・ハー・シューズ』『イル・ポスティーノ』 

TVで観た『イン・ハー・シューズ』は思いの他、いい映画だった。

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トニー・コレットとキャメロン・ディアスが姉妹、祖母がシャーリー・マクレーン。
タイトルやポスターは、軽いコメディータッチを連想させるが、それとはちょっと趣が違う。

まるで対照的で、気の合わない姉と妹。
ある日、男をめぐって大喧嘩。
その後、進歩的な祖母や回りの老人たちとの触れ合いが、二人を変えていく。

劇中、引用される、ふたつの詩が印象的だ。

病院で盲目の老教授から教わる、エリザベス・ビショップの”ONE ART”。
妹が姉の結婚式で朗読する、E・E・カミングスの”I CARRY YOUR HEART WITH ME”。

「失うことを学ぶのは難しくない」という”ONE ART”は、難読症を抱える妹に大きな影響を与えるのである。

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映画で描かれる詩というと、イタリア映画『イル・ポスティーノ』が忘れられない。

祖国を追われた詩人と島の郵便配達の交流の物語だ。
チリの実在の詩人パブロ・ネルーダがモデルである。

最初は知識も教養もなかった郵便配達。
詩人から詩を学ぶプロセスが、愛や挫折、人生を知る過程と重なっていく。

ネルーダによる、まさに『詩』という名の詩がエンディングに流れる。

「その時代 詩がやってきた
わたしを求めて
どこからやってきたのか
声でもなく言葉でもない
でも通りから聞こえてきた
激しい炎から……
独りに戻るときから
顔のないわたしに
詩が触れたのだ」

背景となる、イタリアの島の風景が実に美しい。