想元紳市ブログ

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『神経衰弱ぎりぎりの女たち』

ペドロ・アルモドバルの作品の中で最も好きな『神経衰弱ぎりぎりの女たち』を久しぶりに鑑賞した。

50年代のVOGUEのような、コラージュした女たちのシルエットにスパニッシュポップスが被るタイトルクレジットから、いきなりアルモドバル・ワールドが全開。
やはり何度観ても、他のどんな映画に比べようもないほど、唯一無二の世界を持った作品だと思う。

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ストーリーはいたってシンプルだ。

音信不通になった同棲中の恋人イバンが旅に出るらしいと知って狂乱する女優のペパを中心に、イバンの他の女やペパの女優友達ら、エキセントリックな女たちが入り乱れてハチャメチャな騒動を繰り広げる。

嫉妬、妄想、不安や怒り……そんな他愛もない感情に突き動かされ、翻弄されるエゴイストな女たちは、ひどく滑稽でありながらもどこか可愛く、そして何より強い。

ここでは辻褄が合わないとか、そんな偶然起こりえないといった横槍は全く意味がない。

例えば、劇中こんなセリフがある。

「奇妙なことは突然起こる」
「物事は決して思い通りに運ばない」

生きていれば当たりまえのことを、アルモドバルはコミカルにデフォルメしているのである。

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ペパを演じたのは、アルモドバルの初期のミューズ、カルメン・マウラ。
エゴを貫き通す、狂った女の強さと弱さを見事に体現している。

アントニオ・バンデラスやロッシ・デ・パルマら常連が勢揃いし、風変りな個性を発揮しているばかりか、アルモドバルの手にかかると、電話交換手の女や薬局の店員ですら強烈な印象を残す。

自分にとって何よりもツボなのは、イバンの昔の恋人ルシアだ。
奇妙なファッションとヘアメイクに負けないぐらいの異常キャラである。
イバンの浮気に心を病んで入院していた病院から出てきたばかりという設定であり、ペパと同じくイバンを探して、大事件を引き起こす。

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痛烈なドタバタコメディであることに間違いはないのだが、実は裏に骨太のテーマが隠れている。
それを象徴するのが、映画の冒頭に置かれた、ペパのモノローグだ。

「崩れかける世界で、私は自分と世界を救おうとしていた。まるで”ノア”だ。すべての動物をカップルで救ってやりたかった」

神経をすり減らすような混沌を極める世界の中で大事なことはいったい何なのか。

極端に振り切った女たちの姿から伝わってくるのは、意外にも、無様な人間の放つ愛おしさと大いなる女性賛美である。
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『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

ケイシー・アフレックがアカデミー主演男優賞に輝いた『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。

ケイシー演じる主人公のリーは、ボストンに住む、水漏れの修理などアパートの雑用を引き受ける便利屋である。
人と交わらず、愛想が悪いどころか平気で暴言を吐き、おまけに酒が入るとすぐ血が上って暴力をふるう。
映画の冒頭、そんな嫌われ者のイヤな男として登場するリーのもとに、兄ジョーの訃報が届く。

ボストンから車で1時間あまり北上した故郷の港町がマンチェスター・バイ・ザ・シーだ。
リーは葬儀の手配や遺された高校生の甥パトリックの面倒を仕方なくみる一方、遺言で自分が後見人に指定されていることを知る。

かつては子煩悩で、妻を愛し、その人柄から友人も多かったリー。

物語は、現在と過去を交互に描いて進み、少しずつリー自身が抱える心の闇、その原因となった壮絶な過去が明らかになってくるのである。

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結局、リーはもちろん、その周囲に誰一人として嫌なキャラクターはいないのだが、どの関係性にも何やら不安定な違和感が終始拭えない。

リーの同意なく、無断で息子の後見人に指定して世を去った兄のジョーは、すでに数年前から余命宣告を受けていた。
パトリックは父の死を淡々と受け流しながら、心底では孤独と哀しみに打ちひしがれている。
パトリックの母は、おそらく酒が原因で離縁され、今は離れた場所で再婚しているものの、どうもあまり幸せそうには見えない。

誰もがみな、それぞれ逆境や挫折の中、ときに酷い傷を負いながらもなんとか普通を装って生きているのである。

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葬儀で、リーが久しぶりに再会する元妻のランディ。
ランディもすでに再婚し、今や妊娠中でいっけん幸せそうに見えるのだが……。

ところが、その後、道でばったり出くわしたランディは、突然、リーを前に取り乱し、癒えることのない痛みと謝罪を涙ながらに吐露するのである。

逆境に耐えながら踏ん張るように生きている2人が、崩れ落ちるように素顔を曝け出す姿に、激しく心を揺さぶられた。

ランディを演じたのがミシェル・ウィリアムズだ。
ブロークバック・マウンテン』でも『ブルーバレンタイン』でも、彼女の素晴らしい演技にはいつも泣かされる。

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確かな出口が示されぬまま映画は終わるが、リーとパトリックが交わす不器用なキャッチボール、そして船上に佇むリーの姿には、ほのかな再生の兆しが見える。

アカデミー賞の授賞式で、兄のベン・アフレックが目を潤ませながら、ケイシーの受賞スピーチを客席から見ていたのがとても印象的だった。

『アブソリュートリー・ファビュラス:ザ・ムービー』

90年代から数シーズンに渡ってイギリスのBBCで放送され、とりわけゲイの間では絶大なる人気を誇るコメディドラマ『アブソリュートリー・ファビュラス』。

2016年に本国で大ヒットを記録した劇場版が、未公開だった日本でもオンデマンドで配信されていることを知り、すぐさま鑑賞した。

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主人公はPRエージェントのエディナとファッション・ディレクターのパッツィー。
おバカな中年女2人が巻き起こすハチャメチャな騒動と強烈な言動の破壊力は、やはり同時期ゲイに人気のあった『セックス・アンド・ザ・シティ』の比ではない。

酒・タバコ・ドラッグは日常のこと。実在のセレブの名を出して痛烈に皮肉る風刺や露悪趣味に溢れた過激さは、さしずめ日本なら放送禁止レベルである。

もちろん、劇場版はさらにパワーアップし、60人を超えるというセレブのカメオ出演や華やかなドラァグクィーンたちを見るだけでも楽しい。

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物語は、至ってばかばかしく単純だ。

ケイト・モスがPRを解雇したと耳にしたエディナが、契約を結ぼうとパッツィーと共にパーティーに乗り込む。ところが、バルコニーにいたケイト・モスを誤ってテムズ川に突き落としてしまい、殺人の容疑者として警察から追われるはめに……。

限りなくB級映画の面白さではあるが、至るところにゲイ的なテイストが満載。またファッション業界に多少なりとも通じていれば、散りばめられた内輪ネタも、大笑い間違いなしだ。

ちなみに邦題『ザッツ・ファビュラス!』は、あまりにも酷すぎるのでないものとした方がいい。

映画を満喫した後、パッツィーを演じたジョアンナ・ラムレイについて何気に調べていたら、2016年『Joanna Lumley’s Japan』なる3回シリーズの番組がイギリスで放送されて話題になったことを知る。

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ネットにアップロードされているの見つけ、観始めたらとても上質なドキュメンタリーで驚いた。AFファンにしてみれば、あのチープな毒舌女のパッツィーが日本を旅していると思うだけで興奮ものだ。

ジョアンナが、自ら車を運転し、新幹線に乗り、自分の足で歩き、北海道から沖縄まで何日もかけて縦断するのである。しかも、ありきたりな日本の観光地紹介ではない。

北海道ではタンチョウ鶴の群れを鑑賞し、アイヌの末裔にその歴史について尋ねる。札幌雪まつりでは、自衛隊が巨大な雪像を作っているという事実に注目し、福島では避難区域に足を踏み込む。中山道や四国の巡礼の道を実際に辿り、京都の舞妓からは本音を聞き出そうとする。戦争末期、大勢の若き兵士たちが自害したという沖縄のトンネルを歩いて思わず嗚咽する姿もみせた。

イギリスでは、熱心な社会活動により非常に影響力のある女性の一人として認知されていることを知ったが、この番組もそれに価する深い内容だった。薄っぺらい政治的発言で社会派を気取る日本の某大女優とはわけが違う。

1回45分の3回シリーズを一気に観てのめり込み、その前に観た映画のおちゃらけた内容が吹っ飛んでしまった。

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『ムーンライト』

本命と言われていた『ラ・ラ・ランド』をおさえ、アカデミー作品賞に輝いた『ムーンライト』を鑑賞。
両方観ると、自分には疑問を挟む余地もないほど妥当な選択だったと思える。

マイアミの貧困地区に麻薬中毒の母と住む、ナイーブなゲイの少年・シャロン。
唯一の友達はケヴィン。
この2人が、少年期から20代の大人になるまでを、それぞれ3人の役者が演じていくという3部構成だ。

タレル・A・マクレイニーによるパーソナルな戯曲を、長編2作目のバリー・ジェンキンスが監督。

マクレイニーもジェンキンスも、実際のロケ地にもなった同じマイアミの貧困地区出身であり、主人公のシャロンと似たり寄ったりの家庭で育ったという根幹を共有し合っていることが、本作の大きな力となっていることは間違いない。

もっとも、ジェンキンス自身はゲイではないらしいが。

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極度に内向的でイジメの対象であり続けたシャロンが、ある事件を介し、大きく変化して登場するのが、トレヴァンテ・ローズが演じる第3部だ。

痩せてひ弱だった外見が、強面の屈強なマッチョへと見違えるような変貌を遂げている。
多くのゲイにとって、筋肉とはそもそも、内面を覆う”隠れ蓑”であり、他者と向き合うときの”仮面”であったことを、あらためて思い出させる。

外見ばかりか、仕事は麻薬の売人である。
しかし、それら表向きの顔とは裏腹に、内面は少年の頃のままであり、幼馴染から始まったケヴィンのことを想う気持ちにも変わりはない。

ここに至って、本作が一人の少年の半生を描く物語であるばかりか、実は、この上なくピュアなラブストーリーだったことに気づかされるのである。

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突然、ケヴィンからの電話で再会する2人。しばらく微妙な距離を保ちながら、やがて邂逅し、心を通わせるシーンがとてもせつない。

その意味で、個人的には、第3部が最も好きだった。

全米を代表する陸上選手だったというトレヴァンテ・ローズの武骨さと繊細さを合わせもった演技も魅力的だが、 アンドレ・ホランドが演じる成熟したケヴィンが強く印象に残る。

このケヴィンの穏やかな存在感は、救い難い展開を見せる本作を優しく照らす、言わば”光”である。

シャロン少年の人生を大きく変えることになるドラッグの売人フアンを演じ助演男優賞に輝いたマハーシャラ・アリ、母親を演じたナオミ・ハリスももちろん秀逸だったのだが、自分はどこまでも静かにケヴィンを演じ切ったホランドに軍配をあげたい。

『麦秋』

『麦秋』は、たまに観たくなる小津映画の中でも大好きな作品のひとつ。

原節子が紀子を演じる「紀子三部作」の2本目で、『晩春』『東京物語』よりもさらりとした味わいが特徴だ。

舞台は北鎌倉に居を構える間宮家。そろそろ田舎に隠居しようかと考えている老夫婦、東京の病院で医師をしている長男夫婦と二人の子供たち、同じく東京の会社勤めでまだ独身の長女という、三世代7人の大家族である。

原節子のほか、老夫婦に菅井一郎と東山千栄子、長男夫婦には笠智衆と三宅邦子と、いつもながらの常連俳優が揃う。

物語は、上司から世話された紀子の縁談を軸を展開する。嫁き遅れを心配し早く嫁がせたい兄の康一、いつにもまして言葉少ない父の周吉、相手の年齢を気にする母の志げや義姉の史子ら、それぞれの立場で紀子を思い、余計な気を回す中、当の本人はあっけらかんとしていて、嫁ぐ気があるのかすらはっきりしない。

そんな中、ある日突然、紀子は、近所に住む子持ちの男やもめ、矢部との結婚をあっさり承諾してしまう。

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間宮家は、言ってみれば、古き良き家族の理想的な姿だ。
周吉は事あるごとに、「今が一番幸せなときだ」と呟く。

しかし、誰も声高に語らぬものの、実は次男・省二の戦死が、間宮家に静かな暗い影を落としているのである。そして、紀子はおそらく無意識に、その欠落を埋めようと矢部選ぶ。

矢部は、省二を誰よりもよく知る、高校時代からの親友なのだ。

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淡島千景演じる女友達アヤから、矢部のことが好きなのかと問われて、頑なにそうじゃなく、安心できると思ったからだと答える紀子。

紀子が安心を求めるのは一概に自分のためでなく、むしろ家族のためである。それゆえ、自身の結婚と親の隠居で図らずも家族がバラバラになってしまうことに気づいた紀子は、さめざめと泣くのである。

本作の際立った特徴は、影の薄い男たちに対し、女たちが生き生きと行動的なことである。

また、作品全体をとりわけ軽やかな雰囲気にしているのは、紀子と女友達4人組のコミカルなやりとりに負うところが大きいかもしれない。

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そして、自分が何より好きなのは、紀子と義姉の関係である。

家族で唯一血のつながらない存在ながら、史子は心から紀子のことを心配し、ときに素の女同士になって語り合う。

終盤、二人がなぜかほとんど同じような服を着て、砂浜にたたずみ、並んで歩くシーンのしみじみとした美しさはため息ものだ。

どこか謎めいた二人の親密さは、家族というものに一つの問いを投げかけ、また本作が女の物語であることを象徴しているかのようである。